期待を心に留めておいて


二〇〇七年一月一〇日午前一一時。私は念願の世界に辿り着いた。右手から伝わる温もりと熱の持ち主を連れて。私は未来を作る。
よく見たら周りは何処かの学校の屋上みたいだ。空は晴れていて太陽が私達を上から照らす。そして冷たい風が頬を突き刺す様に撫でている。
「寒っ」
露になっている腕を摩る。今の私の格好は真冬なのに半袖と七分のパンツ。もの凄く寒い。
「お前アホだろ。真冬に半袖って…」
そう言う千昭もタンクトップに一枚はおった状態。到底私の事は言えない。正直学は千昭より上だと思う。
「そっちこそ半袖じゃん」
ビシッと指差す馬鹿一号。
「俺はズボン穿いてますぅ」
馬鹿二号はズボンを引っ張った。そして鞄のチャックを開けると大きな布を取り出した。
「それにちゃんと冬服持って来てんだよ」
取り出した物はジャンバーだった。それを私に投げつける。予想外だったからぎりぎりで掴んだ。
「は?千昭のは?」
「ちゃんと持ってる」
千昭はもう一着取り出すと袖を通した。私も大きくてダブダブな袖に腕を通す。本当にぶかかったが暖かかった。
「暖かい・・・ありがとう」
自然と笑顔になる。やっぱり頭が悪いのは私なんだと思った。千昭はこーゆー人間だった。ふと千昭の方を見てみる。暖かそうな顔をしていて、首にはマフラーが巻いてあった。
「ちょっ何で千昭マフラー巻いてんの」
―一人だけずるいと思うのは私がいけないのか?―
「何でって寒いから」
「か弱い女の子には貸さないで」
「か弱い女の子だって?そんな子何処に居るの?」
「んだとコノヤロー」
―ムカつく。そうだよねこういう性格だったね―


「ま、いいや。もう」
とりあえず此処から出なきゃ。まず行くべきなのは――残っていたらの場合だが――千昭の住んでた場所だ。此処は何処だろう?三人が通ってた学校か?だとしてもこんな格好でいきなり学校に居るのは危ない。今日は平日だ。皆が居る。
「千昭、此処ってさ・・・」
「ああ。俺達が通ってた学校だ」
懐かしそうな顔をする千昭。側に皆が居ると思うと幸せなんだろうな。
「でも今は平日だから生徒が居るけど此処に居る事バレていいの?」
そう言うと千昭はヤベッと一言漏らした。そしてにやりと笑う。何を考えているんだろう。
「俺奴らを驚かせたいんだ。もう一度あの組に入って戻ってきた〜みたいな」
聞いて呆れた。寒い足を片方の足で摩りながら千昭を見る。
「あ〜はいはい。とりあえず千昭の家行こう」
残ってるか分からないけど。すぐに行ける場所と行ったら其処くらいだな。
「家なんて残ってねーけど」
えっ。じゃあこれからどうするんだ?どうやって生活するんだ?
「とりあえず残ってるかもしんねーから行ってみるか」
「どっちだよ」
何を言っているのか分からない。首をかしげていると千昭が口を開いた。
「アパートなんだけど、大家のオバサンに家具とかあるけど勝手に捨てといていいって言っといたからよぉ」
ではその部屋が残っているかオバサンにかかっていると・・・。だが部屋に行ってみるにしてもとりあえず此処から誰にもバレないように出ないといけない。
「まあ、かならず何処かに住むんだからよろしく」
「は?」




何を言っているのか分かってないみたいだ。だから私はしっかりと説明する。
「私家ないから、従妹という設定で住ましてもらうわ」
千昭の顔が再び何言ってんだとでも言うような顔になった。分かるよその気持ち。だけど私は部屋とか借りれないんだよ。顔の違う男女が同じ部屋というのはおかしいから従妹にするしかないんだよ。
「一応私十七歳って偽造して同じ組に入ろうと思うんだけど・・・」
「んなもんできるのかよ」
「なんとかなるでしょ」
曖昧だ。曖昧だけど違う組だったらつまらないじゃないか。真琴と功介とも友達になりたいし。
「何か聞かれたら私が適当に繕っとくから合わせて」
手を合わせてお願いする。上から千昭のため息が聞こえた。下げていた顔を上げてみる。仕方なさそうな顔が目に入った。
「分かったよ。そっちの方が面白そうだしな」
「ありがとう」
頼まれたら断れないタイプなのかもしれない。まだ一時間弱しか一緒に居てないのに沢山の事が分かった気がする。嬉しかった。これからは真琴や功介の事も分かるんだ。これからの事にわくわくを感じて今日は眠れないかもしれない。楽しみだ。
「手続きは明日にして今日は部屋探しと生活用品だとか服だとか用意しよう」
「ああ。じゃ、バレねぇように行くぞ」
「うん」
屋上のドアを静かに開ける。鉄の扉だから音が煩い。一瞬しまったと思ったが側に誰も居なくて助かった。階段をしのび足で下りる。下から生徒達の声が聞こえた。三階だから三年生だろう。様子を伺って今だと思った時に一気に階段をかけおりた。そうこうして一回まで降りた。千昭が二回に反応しなかったのに驚いた。今にも会いに行きたいと思うのに。余程驚かせたいのだろう。


「案外簡単に出れたな」
「何やってんだろーね、警備だめだめじゃん」
校門を出てから口を開く。笑えてきた。先程まで凄く慎重だったのがいきなり楽になって気が抜けた。
「アパート行ってみっか」
どんな部屋なんだろう。千昭の事だから変わったものを置いてあるんだなと思う。とにかく楽しみだ。

歩いているうちに沢山の物を見た。映画で見たものを自分の目で見た。『ここから』と書かれた交差点もあった。私が思うに此処が真琴と千昭の分岐点なんだと思う。真琴が千昭の告白を拒んで変えた道。それが二人の運命を大きく変えたんだと。
「そういや俺いっつも遅刻寸前だったんだよな、ガッコー」
「知ってる」
真琴とギリギリで着いてんでしょ。
「俺朝とか眠いから寝てんだけどよぉ、理由はそれだけじゃねーんだ」
なんとなく分かる。言いたい事。推測に過ぎないけど、今まで私の勘は全て的中してきた。今回もきっと・・・。
「あの時間に行くと真琴に会えるから」
ゴメン。また当ててしまった。今更だけどこれって干渉だよね。だんだん悪い事をしている気分になってきた。許される事かな?千昭に揺れるなと言っておきながらこれじゃ自分が揺れてる。大丈夫。これは二人のためなんだ。どうしようもないおせっかいだけど私のためにも幸せになってもらいたいんだ。
「俺思ったんだけどよ、お前全部知ってんだろ」
「・・・うん」
全部と言っちゃ全部じゃないけど殆どは。
「だったらお前になら全部話していいよな。隠すのって結構大変なんだよな」
「分かるよその気持ち」
全部言ってほしい。千昭の事をもっと知りたい。私が千昭に会いたかった理由は方法がそれしかなかったからだけじゃない。千昭が一番好きだった。皆好




きだけど千昭が一番だった。だから会いたいと思った。だけどその自分の気持ちを押し殺す。私が望むのはそんな事じゃない。
「何でも言ってよ。相談に乗るし。私らもう親友だし」
「はあ?・・・ったく勝手に決め付けんなよな」
そう言ってるわりには笑ってる。一方的かもしれない。でも、親友だと思っていいよね?たった数時間でも親友になってもいいよね?
「あ〜寒ぃなホント」
鼻を啜る音が隣から聞こえた。風邪ひくよ。
「ホント・・・・・・寒い」
自分で決めた未来だけど迷いがある。こんなんじゃだめだ。切り替えよう。
―私は二人を応援してるから。干渉してるわけじゃない・・・と思う。だから頑張れ。―
千昭に見えない場所で拳を握る。頑張れ。この後の事は後で考えればいい。今を考えるんだ。
「・・・頑張れ」呟く。
「何か言ったか?」
「なーんにも」
人は気にせず自分の道を作れ千昭。右手に川のある土手を通り坂を登り暫くすると住宅街の様なところに出た。アパートが何軒か立ち並びその中に千昭の部屋はあった。
「此処?」
「ああ。ま〜住みやすいっちゃ住みやすい場所だったよ」
意外と敷地が広い。一体この中のどの部屋に住んで居たんだろう。どういう部屋だったんだろう。千昭は何処かへ向かっていた。私も後に続く。どうやら手前の一軒の一階の部屋に向かっているようだ。
「……大家の部屋」
私がじっと玄関のドアを見つめていると千昭が察したのかそう告げた。
─もし……ダメだったら……?─
黒くカメラが搭載しているインターホンを押す千昭が視界に入る。返事を待つが応答が無い。今度は玄


関の戸を叩き、鉄製のドアは辺りに鈍い音を響かせた。
─その時は……一からやり直せばいいか─
楽して過ごそうなんて思ってなかった。部屋が残ってなくてもまた契約するには変わりないんだ。お金を貯めて少しずつ暮らしを豊かにすれば、それは自分の人生だ。人の未来を手助けするにはその前に自分の人生を、自分の未来を自分で切り開かなくてはいけない。めげちゃ行けない。私も小走りで玄関に駆け寄って近所迷惑を考えず、ひたすら甲高く走る音を鳴らした。
「・・・はいどなたですか?」
インターホン越しに低い女の人の声が聞こえる。大家さんだった。重そうなドアがゆっくりと開かれ目の前に現れる。
「半年ぶりですみませんね、間宮ですけど」
言葉の順番がおかしい気もするがこの際何も気にしない。兎に角この寒いところから早く暖かいところに入りたい・・・ではなくて早く千昭の部屋が残っているのか確認したい。――多分残っていないだろうが――残っていなかったら早く契約して・・・兎に角もの凄く寒かった。
「あら・・・間宮さん!!」
大家さんは千昭の顔を見ると驚いて、そして嬉しそうに笑った。
「待ってたよ、間宮さん。いや、千昭君」
えっ。驚いた。笑顔でそう言う大家さんにも千昭にも。とても親しい関係だったなんて。そして「待ってたよ」の一言。という事は・・・。
「もちろん部屋は残っているよ、半年前のまま」
「マジでかっ!ありがとオバちゃん!」
やった。心の中でガッツポーズをする。今私の顔もにやけてるだろう。
「でもどうして・・・?」
千昭の陰になって見えなかった私がひょこっと顔を出す。大家さんは私の顔を見て微笑んだ。
「おや、彼女かい?」
私の顔から目線を離し、今度は千昭の方に向けられ




た。私も千昭を見ると寒さからか顔が少し赤くなっていた。
「ちっ、違ぇよっ!俺の従妹だ」
その時私は心の中で笑った。反応が面白い。このまま冗談で「ホントは彼女なんです〜」と言ったらどうなるだろうかとか思ったが千昭が可愛そうなので止めた。折角従妹という事で納得してくれたんだからこのままにしておこう。
「そうかいそうかい。あ、お嬢さんの質問に答えてなかったね」
再び私の顔を見て優しく笑う大家さん。とても優しくて、まるで朝辺りを包み込むように照らす太陽だった。この笑顔をじっと見ていた私はこの後思ってもみなかった言葉が発せられるなんて考えもしなかった。
「貴方が千昭君の従妹という事は、未来から来たって事だね?」
私は一瞬固まった。驚いて口をあんぐり開けたままだ。
―どうして?何でその事を知って・・・・・・―
ふと横を見ると千昭が頭を掻いて私の方を向いていた。
「あ〜・・・言ってなかったな。大家のオバちゃんも俺と同じ未来から来たんだよ」
「えっ、そうなの!?」
勢いで大声を発してしまった。周りに住んでる人に聞こえてしまったかもしれない。驚いて出てきたらどうしよう・・・と思ったが誰も出てこなかった。
「"俺と同じ"・・・?」
大家さんが頭に疑問を浮かべて此方を見ている。
―あ、千昭のバカ。それじゃ私が違うみたいじゃない!―
「あ〜・・・それは・・・その・・・」
首筋に手を当てて目線を泳がす千昭。そんな行動をしたら余計怪しまれる。
「もしかして・・・従妹じゃないのかい?」
―ええいっ、仕方ない!大家さんが未来から来たんだったら言ってもいいよね―


私は決意をすると左腕につけたオレンジのリストバンドをずらして露にした。
「私は異世界から来ました」
時が止まった。そんな感じがした。大家さんが動かない。千昭も同様に動かなかった。
「なっ、お前何言ってんだよ。言ってどうする!」
先に動いたのは千昭だった。焦って千昭もその事を裏付ける発言をしてしまっているのに本人は気がついていない。
「別にいいじゃない。未来から来たんでしょ?」
「でもそんなに簡単に信じられるわけ・・・」
ふとお互いに顔を見合わせ大家さんの方を向く。大家さんは顎に手を添え下を向いて何かを考えている様だ。そしてゆっくりと顔を上げた。
「そうか・・・そんな技術まで発達したのか、未来は」
さっきから驚いてばかりだ。何でそんなにも早く受け入れられるのか。とことんこの人は凄いと、そう思った。

「それが、貴方達の世界の未来で作られたと思うのですが、本当のところは分かりません」
リストバンドを再び元の位置に戻し、話し始めた。この人なら大丈夫。私はそう思った。千昭も観念したのか何も言ってこない。千昭も大家さんの凄さが分かったのだろう。
「じゃ、それはどうやって?お嬢さんが異世界の人間ならその胡桃は何処で?」
やはりそう思うか。当たり前だけど自分自身よく分からないので上手く説明できない。千昭と同様今朝あった事をそのまま伝えた。伝え終わると大家さんは何度も頷きそして私を見た。
「未来の誰かが貴方を知ってて送ったんだろうね。その声の持ち主が」
「え?どうしてそう思うんですか?」
よく分からない。大家さんが考えている事も、この胡桃の事も。左腕に刻まれた数字をリストバンドの上からそっと撫でた。




「ま、今は深く考える事じゃないよ。とにかく寒いだろう、その格好は。中にお入り」
私たちの寒そうな格好を見て、大家さんは中に入れてくれた。
「とりあえず体を温めて、服を貸してあげるからそれに着替えなさいな。そしたら貴方達の部屋に案内してあげるからね」
入った瞬間ふわっと暖かい空気が私達を包み、奥からホットココアの甘い匂いが鼻を擽る。甘いものは大好きだった。だから私の鼻は甘い匂いに敏感に反応するのだ。

「いい匂い」
呟いてしまった。そしてあっと口を押さえる。失礼な事をしてしまった。はしたない。
「ホットココア好き?今から淹れてあげるからね」
千昭が横で笑いを堪えていた。私は見上げるようにその顔を睨んだ。すると千昭は舌を出して私をバカにする。
「黙れ千昭」
「まだ一言も喋ってませ〜ん」
「はい今現在進行形で喋った〜。私ってば超能力者?」
「何コイツうっぜ〜」
そんなやり取りをしている間に大家さんが淹れ立てのココアの入った二つのマグカップを持って戻ってきた。
「さあ、お上がり。体が温まるよ」
「わあ、いただきます」
ココアを口に含むと甘い香りと味が中に広がった。飲み干すとまだ甘さが残っている。おいしい。とても寒くて凍えた後にココアを飲んだら凄く幸せだと思えた。
―さあてこれからも頑張って幸せを掴むぞー!―
心の中で叫ぶ。そう、未来が私を待ってる。否待ってられない未来がある。私は早く先へ進まなくちゃいけない。
「大家さん、お部屋を案内してもらえますか?」




立ち上がって大家さんの顔を見る。すると大家さんも立ち上がって笑顔で言った。
「その前にそれじゃ寒いだろ、服を着替えなさい」
私達に背を向けて別の部屋に着替えを取りに行ってくれる大家さんの背中を身ながら私立ちは顔を見合わせた。そして何故か笑えた。
―ああ、うずうずする。早く、早く進みたい―
数分後、別の部屋から服を数着持って出てくる大家さんが待ち遠しかった。









期待を心に

   留めておいて
















―続く―