去って戻ってまた行って


二〇〇七年八月十日午前六時三〇分。昨晩なかなか寝れず、やっと瞼が重くなっても浅い眠りはすぐ覚める。私はカーテン越しに朝日を浴びながら目覚め時計の煩い音を聞いた。
─あぁ……煩いな……。─
ゆっくりと起き上がって目覚まし時計を止める。
、電話よー。起きなさい」
下から階段を通って母さんの声が聞こえる。
「はーい。今行くよ」
私は大きな欠伸をして、ベッドから降りた。外は波乱の始まりを伝えるかの様に曇が太陽を隠していた。



時をかける少女─その後オリジナル版─
Power to go through time



今年の夏。一番暑いであろう昼時に私はアニメ版『時をかける少女』を見た。それ以来続きが気になって授業中やら昼休みやら家に居る時やらずっと考えている。もしあそこでああしていたら…。考えれば考える程いろいろな案が浮かぶ。今千昭は未来でどうしてるだろう。物語はさも自分が話の中に入った様な気分にさせる。今の私は真琴と千昭の未来が気になっていた。千昭の最後の言葉…『未来で待ってる…』はどういう事だろう。世界が全く違うのだから近い未来ではないはずだ。そしてその言葉の真琴の返事…『走って行く』というのも、私には近い未来を指していると思えた。真琴の人生【未来】を走って追い掛けるような……。だがそれはあくまで推測に過ぎない。本当のところはどうなのだろう。別に千昭が未来へ戻ってタイムリープする力をチャージして戻ってこればいい話じゃないのか?でも世の中そんなに甘くない。私の居る現実だって規則に縛られ、自由がない。もしかしたら、千昭の居る時


代でも規則に縛られているから来れないのかもしれない。とにかく、会ってみたい。千昭に会ってみたい。
「会いたい…な……」
小さく呟いてみる。だが無理だ。無理だって分かってる。物語の世界に入るなんて…。馬鹿げてる。有り得ない。だけど…会って真琴と千昭の未来を自分の手で作りたい。
窓から空を見上げる。空を通して異世界に気持ちが通じないだろうかなんて思っていた。
「─…ぃ……か…─」
えっ。声が聞こえた。聞き間違え?気のせいなのかな。違う。ハッキリと聞こえた。咄磋に振り替える。だが誰も居ない。
─本当に気のせいだった…?─
時間は丁度午前七時を指していた。
「─せ…いを……か…─」
声。今度はしっかりと聞こえた。気のせいなんかじゃない。声だ。
「何?何を言ってんの?」
耳を澄ます。息を殺してみるが、あの声が聞こえない。
─もう一度。もう一度言ってよ。─
やはり何も聞こえなかった。思い過ごし。私はため息をついた。折角何か面白い事が起こると思って一瞬わくわくしたのに。
─もういい。ご飯食べよう…─
今日は金曜日。早くしないと遅刻する。今日はたまたま朝練は無いが、通常登校もギリギリだった。私は小さい頃から食べるのが遅かったから。できるだけ早く食べて制服に着替える。
「母さーん、鞄取って」
腕を伸ばす。片手で靴下を履きながら鞄を指した。
「母さんも忙しいのよ」
確かに母の手は忙しそうに動き回っていた。
「兄ちゃーん」
……自分で取れよ」
「別にいいでしょ」




靴下を履き、兄に取ってもらった鞄を持って玄関まで行く。
「行ってきまーす」
玄関のドアの隙間から日の光が漏れる。眩しいと思い目を軽く瞑りながら外へ出た。そして思い出す。先程の声。
─一体なんだったんだろう─
もしかしてと思う。だが有り得ない。そういった非現実的なものは有り得ない。でも少なからず期待を抱いてしまう。何故。やはり会いたいから。『時をかける少女』の世界に行きたいから。こんな事普通の子は考えないだろうな。でも、行きたい。

七時三〇分。コツン。何か小さい物が固い物に当たった音がした。上?とりあえず上を向いてみる。視界にいきなり入った茶色い物。
「うわっ」
驚きながらも右手でキャッチする
─固い…─
ゆっくりと茶色い何かを掴んだ右手の力を緩め、そのものを見てみる。
「こ、これ……」
驚いた。これ…何でこんなものが…此処に。
「………ぃか」
また声だ。次は聞き逃さない。もう一度、耳を澄ます。
「世界を渡りたいか」
─……『世界を渡りたいか』?…えっ。嘘……─
嘘…。そんなの…本当にできるわけ……。第一この木の実みたいな奴は…
「確かにそれは時間を渡る力だ。だが、異世界をも渡れる。」
声がまた聞こえ、私に言う。まるで諭しているかのように。
─どうしたら……いいんだろう。─
迷う。だが不安感よりも好奇心が勝った。
「私……行く。異世界の未来へ」
決心した。私は『時をかける少女の未来』を作るん


だ。

暫くは家族と会えないけど、仕事が終わったらまた時間を戻して此処にくればいい。簡単な事だ。行こう。異世界へ。
―確か…チャージはこうやってた様な・・・―
左手の手首の上に木の実の様な物を翳す。だが、反応しない。
―翳すだけじゃだめなのか・・・―
今度は軽く押し当ててみた。ブワッ。光った。手首が光に包まれ、徐々に体までも包まれた。映画の様に一度過去に飛ぶのか?と思ったが光が消えると元の場所に居た。
「何だ・・・何も無いじゃない」
そう思った。でも違った。左手首を見てみる。
―・・・コレ・・・・・・―
数字が書かれていた。火傷の後の様な・・・それよりは優しい印の様な。三桁の数字。そう、三桁の数字。一〇〇と書かれていた。
「さ、三桁ぁ!?」
おかしい。二桁の筈だ。それにそんなに時空を飛べる数があるものなのか?実際最高の数字を知らないけど、二桁のはずだった。
「どういう事よこれ!ねえ、声!」
声に求める。声はまた私の問いに答えた。
「特別仕様だ。異世界に渡るんだ、特別になっててもおかしくないだろう。それに悪い事ではない」
「・・・確かにそうだけど」
―まあいいか。とにかく行こう。あ、でもその前に支度しよう。何も持たず行くってのもね―
一度家に戻る。戻ると母が驚いて学校はと聞いてきた。
「走って行けば大丈夫!」
階段を駆け上って自分の部屋に行く。適度な食料に服、携帯・・・とにかく生活用品をエナメルに詰める。準備が出来た所で家を出る。居間を通った時にまた母に声をかけられた。時計は七時五五分。
「何もたもたしてるの!完璧遅刻じゃない。どうす




んの!?」
「大丈夫だって」
何処からそんな自信がきてるのか、母には謎だったと思う。でもこんな自信母に伝えたってどうにもならない。証明する事だってできないのだから。
「行ってきます」私の旅へ。
玄関側の犬小屋から愛犬が顔を出した。名前はリーフ。兄貴がつけた名前だった。思いつきの名前。最初は私も反対したが段々慣れてもう染み付いた。私はその愛らしい頭を撫でる。フサフサとした毛並みが私の腕を擽った。
「暫く留守番頼むよ、白犬」
白い犬は私の言葉に返す様に一度大きく吠えた。もう一度撫でてやると白い犬のリーフは腕に擦り寄ってきた。
「お前、分かってんのか?・・・賢いな。家族を護ってね」
ゆっくりと立ち上がると学校と逆方向の道へ向かう。其処には坂があって跳ぶには丁度いい場所だった。私とは反対に向かってくる生徒達。私の行動に驚いて此方を見る者も居た。でも私は気にしない。今から異世界へ跳ぶんだ。千昭のもとへ行くんだ。私は皆みたいに平凡じゃない世界を一転するような気分だった。坂に着き一気に加速する。足がどんどん早足になるがそれを大またに無理やりさせる。そして一気に地面を蹴りつけた。

フワリと浮く体。そして一瞬クラッとした。目の前が真っ白になって目を瞑る。もう一度目を開ければ其処は私の知らない場所だった。時計の様に数字が記されたかと思うとネジが歪んだ様な世界に入る。私は浮遊感を感じた。視界いっぱいに広がる奇妙な光景。だけど居心地は悪く無かった。私は思った。力強く願を入れる。
―『時をかける少女』・・・・・・間宮千昭の場所へ・・・・・・―
また光った。体が揺れる。視界に青空いっぱいが広がった。


「・・・うえっ・・・嘘・・・落ちるっ」
―そうだ・・・時空を超えた後思いっきり転がってしまうんだ・・・―
「危なっ・・・」
回転しそうになる体を踏ん張って手を地面につける。そしてそのまま倒立前転した。セーフと思った時だ。セーフじゃなかった。立ち上がると同時に何かにぶつかった。しかしゴンッという物にあたる音ではなく、ドサッという音だった。痛みも少ない。
「・・・痛い・・・・・・」
「ってーな・・・・・・おい大丈夫か?」
驚いて上を向く。逆光でよく見えないが、聞き覚えのある声。身長差があって逆光まであると顔を見る事ができない。だが左右は見れた。辺りを見渡せば見知らぬ機械だらけの町が広がっている。
「・・・まさか・・・・・・」
本当に来ちゃった。全身の力が抜けて足もフラつき口もポカンと開く。正直だらしないが仕方ない。本当に見知らぬ世界へ来てしまったのだから。目の前の人間の頭にハテナが浮かぶ。そして地面に座り込みそうな私の腕を引っ張って立たせてくれた。
「おい大丈夫かよ・・・」
しゃがんで目線を合わせる人。そして顔が見れた。目が開く気がした。瞳孔が開いているかもしれない。目の前に居て私の腕を掴んでいるのは正しく・・・
「間宮千昭・・・・・・」
呟いた。呟いたと同時に相手の男の顔も驚く。
「なんで俺の名前っ・・・おっおい!」
視界が暗くなる気がした。全身が重くなって頭がフラついて・・・ついに私は意識を手放した。
「なんだよ・・・俺どうしたらいいんだ?」
倒れたまだ顔にあどけなさが残った女を抱えてため息をつき片手で頭を掻いた。相手が倒れているから何も聞く事ができない。千昭は謎をいっぱい残したこの女をとりあえず自宅に連れて行く事にした。

「一応家に連れてきたはいいが・・・そんでどうする




んだ」
女を自分のベッドに寝かせて考える。此処まで運ぶまでの事を思い出した。車――未来の乗り物だから名前はよく分からないが――まで運ぶまでが恥ずかしかった。眠る女を背負って道中を歩くのは勇気が要ったのだ。小さな寝息をたてて寝る女は何も知らず幸せそうな顔をしていた。思えば今まであまり寝ていなかった。考え事のし過ぎで頭が冴え、なかなか眠る事ができなかったのだ。時空を越えて疲れた事と驚いた事による気絶は今のにとって良かったのかもしれない。だがそれも当の本人は気がつかなかった。

「・・・・・・アレ?」
目が覚めた。そして見渡す。見たことのない部屋。変わったものまで置いてある。
―此処何処?―
だがすぐ思い出した。異世界に来ている事を。だが分からない。先程居た場所と全く違ったのだから。
「やっと目が覚めたかよ・・・・・・夜になっても目が覚めなかったらどうしようかと思ったぜ」
右を向くと千昭がポケットに手を入れて此方を見下ろして居た。
「あ、すんませんっ」
ベッドから降りようとする。すると千昭が此方に近づいてきた。
「別にそのままでいいから俺の質問に答えろ」
来ると思った。知らない年下の女が倒立前転してぶつかって来てそんで名前を知ってた?聞きたい事沢山あるに決まっている。千昭はベッドに腰掛けて私の方を向いた。

「・・・まず何から聞きたい?」
ベッドに座りなおす。そして思い出した。エナメルの鞄の事を。
「鞄っ」
いきなり叫ぶもんだから千昭も驚く。そして呆れた様な顔をした。


「いきない鞄って・・・しかもお前年下のクセに敬語無しかよ」
「うわっ・・・すんません。敬語なんて別に要らないかと思って」
「あんだと?」
「いや〜怒らない怒らない」
気楽で行こうと思った。普段の私なら敬語を使うが、千昭なら別に不要だろうと思ったのだ。でも怒らせない方がいい。怒ると厄介な事になりそうだ。
「で、鞄は?」
「お前な・・・・・・ちゃんと持ってきたぜ」
「此処は何処?」
「お前礼は無しかよっ」
それは失礼しましたと一言謝ると、もう一度で、此処は?と聞いた。
「俺の部屋」
「そ、そーですか・・・・・・」
失礼な事したなと思った。見知らぬ怪しい人間を自分の部屋に入れされるなんて本当に失礼だと思った。
「迷惑かけました」
「敬語使えるじゃねーか」
にっと笑う千昭。笑った。私に対して笑った。そう思ったら凄く嬉しくなった。できる限り何でも教えてあげようと思った。
「遅くなってゴメン。質問をどうそ」
私がそう言うと千昭は下を向いて一息ついてから此方を向いた。
「お前・・・名前は?何者だ?何処から来た?何で俺の名前を知ってる?何の様だ?」
いきなりズラズラと質問の山。何から言おうか。迷いながらもとりあえず名前を言う。
「・・・
・・・な。で?」
―・・・で?って言われてもな・・・―
「とりあえず、異世界から来たんだ」
おかしな話。異世界から来たなんて言われても分からないと思う。でも千昭なら信じてくれると思っ




た。だからとりあえず言っておくべきだと思った。
「・・・異世界だ?・・・どういう事だよ?この時代に異世界を渡る力なんて・・・」
言うと思った。私はポケットから茶色いくるみの様な物を取り出す。そして千昭によく見えるよう腕を差し出した。
「これ・・・」
「これが今朝、上から落ちてきた。声と共に」
「声!?」
驚いていた。やはり、この時代じゃおかしな話なのか。私は今朝の事から順に全て話した。
「まず先に言っちゃうと私、え〜っと・・・呼び捨てで呼んでいい?」
「別に・・・嫌じゃねーし」
「じゃ呼ばせてもらうけど私、千昭だけじゃなくて真琴っていう人や功介っていう人の事も知ってる。」
予想通り。そう言った後の千昭の顔は驚いて居た。そして身を乗り出した。
「真琴は?功介は?元気かよ!?」
そう来ると思った。でも私はその話を後に持っていく。
「その前に聞いて。貴方達三人の事が気になって、まず千昭に会いたいと思ってたんだ」
「何でだよ・・・?」
「それは・・・まあ・・・ねぇ?」
さり気なく目を反らす。だが千昭はそれに気づいていて私の顎をわしづかみして目を合わせられた。
「なんでか言えよ」
「無理。それは置いといて」
―人の恋愛や友情に首突っ込んでるなんて言えないよ―
怪訝な顔をして私を見る千昭を無視してそのまま話し出した。
「で、とにかく会いたいと思ってたら声がして・・・」
「声?頭イカれてんじゃねーの、お前」
「うっさい黙れ」


「おいお前いきなり態度デカくなってんじゃねーの」
話の途中で何度も区切られて少しイライラしてきた。一発何かを殴って気を落ち着かせたいが、そうもいかない。仕方なしにまた話し始める。
「声がしたと思ったらこれが落ちてきた。時空だけじゃなくて異世界まで渡れるこれが」
もう一度見せる。どこか変わったところがないか千昭はじっとそれを見た。だが何も違いがない事が分かると見るのを止めた。
「とにかく私は三人を再び会わせる為に此処に来たってわけよ」
「は?」
私の突然の発言に千昭が顔を顰める。無理もない。千昭なら会えると分かればすぐに会いに行っているはずだ。でもそうしなかったのは何かわけがあるはず。私だって分かってる。でも来たのは一緒に方法を考えて説得する為だった。
「まあまあ。てかさ、今何年の何月何日の何時?」
それが知りたかった。『時をかける少女』を見てから真琴と千昭の住む時代にはどれくらいの時間差があるのか。気になっていた。二人は会えるのかという事が。
「二七〇七年だけど・・・」
―って事は私は七〇〇年後の異世界に居るって事か・・・―
「日付は八月十日時間は・・・一〇時だな」
「ありがとう」
ポケットから携帯を出す。私の携帯も年号は違うものの八月十日一〇時と指していた。この携帯はこの世界じゃ電波届かないから時間もずれるしアンテナが立たない。今は七〇〇年後の今に来たばかりだから大丈夫だがそのうちずれが生じるだろう。
「ねえ、絵は・・・絵はこの時代で見れた?」
「絵?」
まだ過去へ行こうとは言わない。本題よりも先に聞きたい事があった。千昭が七〇〇年も前にわざわざ来た理由となったあの絵はこの時代であるのか。




「千昭が過去に行った時見たかった絵・・・」
「ああ、あれな」
千昭は何かを思い出していた。きっと真琴や功介の事だろう。私にはそう見えた。何故って顔が笑っていたから。
「見れたさ・・・真琴のおかげで」
少し悲しそうな顔になった。きっと真琴の名前が書かれていたんだろう。その絵をこの場に設けた者の名前として。そしてきっと泣いたに違いない。未来に戻って最初にした事としたらその絵を見て泣いた事だろう。
「私も・・・・・・見たいな」
何故千昭がその絵を見たかったのか分からなかった。何故そうまでして見たかったのか。時代背景は離れているからこの時代では関係ないはずなのに。その絵に宿る何かに千昭は導かれたのかもしれない。不思議なその絵に宿る何か【気】の様なものに。生で見てみたい。その絵を。どんなにすばらしいものなのか。
「・・・ついて来いよ」
千昭は立ち上がると私に背を向けた。連れてってくれる。その場所に。皆を魅了するその何かを見せに。知らない道を通るのは少し心配。でも誰かが一緒ならその心配を和らげられる。
そう、今はそんな感じ。況してや此処に詳しい千昭が居るのだから、安心だった。
そのはずなのに笑っていられない。信じられない現実を知った。川が無かったんだ。変わりにコンクリートの上を流れていた。人工の川。人もあまり居ない。機械ばかりがあるのに建物はあまりない。まるで人類が一度滅亡した様な……。しかしそれは矛盾している。人が居なければこんなにも発達しない。現実は矛盾の塊だと思ってたけど、改めてそう思えた。だがもしかしたら科学の発達によって一度人類が滅亡寸前にまで行って、それから何百年経った今、千昭が産まれたのかもしれない。だから人がまだ少ないのかもしれない。
「此処……此処がその絵が置いてある美術館だ」


建物はこじんまりとしている。小さな小さな美術館。一軒家よりも小さいのではと思う。ガラスのドアを開けて先に中に入る千昭。私も後に続いた。中に入って私は驚いた。
「凄い…」
沢山の絵が壁全体に貼られている。左右上下何処を見ても絵ばかり。見たことのない絵が隙間を作らない様に所狭しと並んでいた。一番奥にある大きな絵が目立っている。あれだ。あれが千昭の見たがっていた絵。
私は絵を見てわかった。何故千昭が危険を犯してまで見たがっていたのか。
─世界が荒れている時代に何故こんな絵が描けたんだろう─
私が思った様に千昭もそう思ったんだ。そう思って見たくなったんだ本物の絵を。
「真琴のおかげで見れた。やっと…見れたんだ……」
千昭が絵を守るガラスに触れる。その下にはネームプレートが書かれていた。作者の名前じゃない。編集者の名前じゃない。思った通り『この絵を守り通した者─紺野真琴─』と書かれていた。千昭の顔はとても寂しそうで胸が少し痛んだ。戻れなかったんだ千昭は。会いたくても絵を守る努力をしている真琴の邪魔はできないと思っているんだ。
「何で…その絵を見たかった?」
何と無く分かっていることを問う。千昭の口から聞きたかった。現実を。
「……。言うべきか?」
拒んでいる。確かに映画でも答えなかった。それで も知りたかった。答えてほしい。
「……わかったよ」
私がずっと目で訴えていると千昭は折れた。やっぱり優しい奴なんだな。
「……今から数百年前に世界は科学の異常な発達により大気汚染だかオゾン破壊とか、とにかく人が安心して住める場所じゃなくなった。人類は一旦別の惑星に避難したんだ。そして空気が澄んで住める様




になると帰った。だが帰ったのは全員じゃなかった。惑星に居残った者も居た。地球が危なかった時に亡くなった人も大勢居たし、だから人工がかなり減った。俺はそれから何百年か後に産まれたんだ」
そうか、それが現実だったんだ。それがこの理由なんだ。
「川は枯れた。だから人は人工の川を作った。頭のいい学者は二度とこんな事が起こらない様沢山の工夫をもたらした。そして発達したのが今だ。俺はこの絵の存在を分厚い資料の中で見つけた。写真は無かった。 紹介文だけが書かれてあって、俺はどうしても本物を見たくなった。何故こんな絵を世界が揺れてる時に描けたのか…きになった」
私は口を挟まずただただ話を聞いた。千昭の話姿がなんとなく悲しそうで声をかけれなかっただけかもしれない。
「で過去へ行ったんだ。この絵が存在していた時代へ。其処で楽しい事を沢山知った、身で感じた。教えてくれたのはやっぱり、功介や真琴だった」
拳を握る千昭。今だと思った。千昭が自分から動き出そうとしないのを私が押してやるんだ。
「ねえ千昭、過去へ行こうよ。真琴さんや功介さんに会おうよ」
私がそう言うと千昭の体はびくっと揺れた。
「今まで戻らなかった理由は知らないけど、会いたいなら会いに行けばいい」
千昭は拳を強く握り締めた。
「俺は規則を破った。過去の人間にあれの存在を知られてしまった。だから俺は戻れない」
会えるんだったら会いたいんだとでも言いたそうな顔だった。苦しそうで……私がしている事はいけない事なのかな。お節介だとは分かってる。でもこのままじゃダメじゃない。
「バカ何言ってんの。千昭の二人を思う気持ちはそんなもんなの?規則が怖くて会えないの?真琴を思う気持ちは規則に負けるの?」
千昭の顔が変わった。頭の中できっとあの時の事を思い出してるんだ。会いに行こう千昭。


「人生は決められたレールを進むんじゃない。行き先は決まってない。千昭が走った下にレールが作られるんだよ。未来は決まってない。千昭が自分から動かなきゃ、ずっとレールは敷かれないままだよ!」
辺りが静まりかえる。そんな気がした。千昭は俯いていてよく顔が見えない。
「会ってお礼言おう、千昭」
肩に触れる。千昭が顔を上げた。
「ああ行く。二人に会う。また楽しく過ごしたい。俺がこれくらいでへこたれる程柔な人間に見えるか?真琴に言う、ありがとうって」
嬉しかった。千昭が私の言葉に耳を傾けてくれた。二人に会うと言ってくれた。
「行こう一緒に」
「ああ」
私達は笑い合った。凄く晴れた気分だ。
─こんなにも簡単な事だったなんてな…。こんな年下の奴に心揺るがされるなんて……─
「…ありがとよ」小さく呟く。
「えっ」
聞き間違い?否違う。顔が少し照れてる。嬉しい。顔が緩む気がした。
「とりあえず荷物用意するぞ」
「うん」
私は千昭の背中を押しただけ。過去へ行くと決めたのは千昭。私はただついていくだけだから。それでもやっぱり干渉してしまいそうな気がする。したくないけどしたい。どっちなんだろう。物語は自分で作るけど相手は人。私はどうすればいい?ただ見守る事、それが私の役目なんだ。

「うし、行くぞ〜ついてこい」
荷物を纏めると外に出た。もちろん私の荷物なんてもう纏まってるから千昭の分だけだ。何を入れたか知らないけど一応予備の力―時空を渡る力―を持ってくらしい。
「千昭、腕見せて」




「あ?なんだよ」
腕を引っ張って青いリストバンドを上げる。其処には一〇と刻まれていた。
―後十回か・・・こりゃ予備いるかもね―
千昭の青いリストバンドを持っていてふと気づいた。私の腕には何もつけていない事に。全然気にしてなかったが、今見ると九九という文字が浮き出ている。
「ね、リストバンド予備持ってない?」
「はぁ?リストバンド?」
なんでという千昭に腕を見せる。そうすると納得したのか鞄の中からオレンジのリストバンドを取り出した。
「これでいいか?」
「ありがとう」
それを腕にはめる。その様子を千昭が見ていた。なんとも不思議そうな顔をして・・・。
「なあなんでお前九九なんだ?一回跳んだら九八だろ?」
「なんか最初が一〇〇だったんだよね。これも特別だって声が言ってた」
「へ〜・・・つーかその声って何なんだよ?」
「さあ?」
とにかく行こう。跳ぶのにふさわしい場所へまず向かう。歩きながら色々な話をした。千昭は今まで何をしてただとか私がしてた事とか。
「は?お前一五なの?」
年齢を告げると驚かれた。確か千昭は十七歳だ。二つくらい違ったっておかしくない。
「老けて見える?」
「否その逆。一三、四くれぇに見えた」
「何それ」
機嫌を悪くする。この年頃は若く見られるというよりガキに見られるのが嫌なんだ。私もその一人だった。
「あはは」
千昭は私のその顔を見て笑ってる。何考えてんだよって感じがする。そうこうしているうちに坂にたど


り着いた。結構急な坂だ。
「うし、行くか」
そう言って走り出そうとする千昭。だが私は気づいた。肝心な事を。
「ちょっと待って!」
腕を引っ張る。無理やり急に引っ張られるもんだから千昭は転びそうになった。
「うおっ」
なんとか体勢を取り戻すと此方を向いた。
「何すんだよ、危ねーじゃねぇか!」
「よく考えてみてよ。いつに行くの?」
そう。よく考えてみて。いつに行くのか。
「は?真琴の居る時代に決まってんじゃねーか」
「ほんと、頭すっからかんだよね」
「んだと」
―まだ気づかないのか、こいつは―
だからしっかりと教えてやる。まだ分からない千昭に。
「真琴のいるいつに行くのさ!」
此処まで言えば分かるだろう。年号とか日付とか時間とか・・・私と千昭の考えを一致させないと時間にずれが生じる。例えば千昭が二〇〇七年八月一〇日の十一時に着いたとして私が次の日だったりするのだ。だからしっかり考えないといけない。それが分かったのか千昭はああと言うと笑った。
「あれから半年経ったから今あっちは二〇〇七年の一月だな」
「じゃ二〇〇七年一月一〇日の今でいい」
「うし、行くか」
今度こそ行く。『時をかける少女』の舞台へ。私の作る物語が今始まる。「ちゃんとついてこいよ」
腕を引っ張る。こういうしっかりとエスコートしてくれるところも千昭のいいところの一つなんだと改めて思う。少し速い気もするけど。
「ちょ、速いんですけど」
「お前足おせーんだよ、もっと速く足動かせ」
―どうにでもなれぇっ―
思いっきり足を動かす。




「いっけぇっ!」
同時に叫んだ。そして地面を思いっきり蹴った。浮く体。そして視界が変わった。見たことのある風景。そう此処が・・・
―来たんだ、この世界へ―












去って戻って

   また行って

















―続く―