いつも朝挨拶をしてくる美兎は今日は欠席だった。
昨日は元気だったのに。
西野とキスして幸せのはずなのに。
あたしが原因?
気まずいの?
あたしが原因?
あたしが悪いの?
ああ、考えるとイライラする。
もう何も考えちゃだめだ。
西野を見ても何も反応しちゃだめだ。
落ち着け落ち着け落ち着け。
深く深呼吸する。冷たい空気が口内に入ってきた。
この季節、制服だけだと肌寒い。
かといって防寒具は早いと思う。
冷たくなった手を握っては開いてを繰り返し暖めた。
心が少し落ち着いたところであたしは周りを見渡した。
自分の席は窓側。後ろの方だから首を動かすだけで教室が殆ど見渡せる。
もちろん西野も見る事ができた。
だけど心はざわめかない。
あたしって結構肝が据えてるのかな。
ちょっと意味が違う気がするけれど・・・。
もう一度息を吸い込む。
辺りが騒々しくなったせいか空気も先程よりは冷たくない気がした。
窓を通して外を見てみる。
雲が広く青い空を漂っていた。
外では小鳥の囀りが聞こえ夏に比べて優しい太陽の光があたしを優しく照らす。
心が晴れる様で気分が良くなった。
その時だ。誰かに名前を呼ばれた様な気がしたのは。
関原と小さな声で呼ばれた気がしたのは。
「関原!」
今度はしっかり聞こえた。
咄嗟に声がした方向へ向くと
其処には幼稚園から同じところに通っていた東時雨が立っていた。
廊下側の窓から手を振ってあたしを呼んでいる。
「やっと気が付いた!!関原、ちょっと来て!」
東は「ひがし」と書いて「あずま」と読む、変わった苗字だった。
大して仲も良くないしあたしには何のつながりも無い東があたしに何の用だろうか。
数秒間東の顔を凝視して居た。
それに気が付いたのは東があたしの名前を呼んだから。
「関原、聞こえてんの?」
「ま、待って!!」
ぼけっとしていたせいで周りの声が聞こえなかった。
あたしは何をしていたのだろう。
急に立ち上がったのでイスがガタンと大きな音を立てた。
後ろの子が不満そうに見て来たがあたしは一言ゴメンと言うとその場を去った。
東の方へ行く間あたしは下を向いていた。
考えていたのは何の用なのだろう、それだけだった。
「えっと・・・何?」
廊下に顔を出す形で聞くあたし。
すると東は気まずそうに言った。
「ちょっと・・・来てくれる?」
遠慮がちにあたしに言う東が可愛いと感じた。
こういう態度はあまり見かけないので新鮮な感じがしたんだ。
「いいよっ」
あたしは笑顔でこう答えた。
東とはあまり話した記憶がないけれど、いい奴だった記憶はある。
東は影で頑張るタイプだった。
目立たないけど、影で皆を手助けして影で皆を支えてきた。
あたしは何度もそういうところに遭遇したんだ。
皆気が付いてないけれど、あたしは知ってる。
だからあたしは信じてついて言ったんだ。
「もう知ってるだろうけどさ・・・」
人気の少ない図書室前の廊下。
皆今頃教室でがやがやと騒いでる時間だからこの辺には殆ど誰も来ない。
ついて早々東は口を開き、言い難そうに言った。
そして一つ呼吸をして掠れそうな声であたしに言うんだ。
「・・・・・・あの・・・俺の気持ち知ってる?」
あたしはよく分からなかった。そういうのには疎かった。
だから東の言葉を理解するのができなかった。
「東の・・・気持ち?」
少なからずまた期待してしまうんだ。
この前みたいに酷い目に遭うと分かっていたって。
一呼吸。二呼吸。
どれくらい時間が経っただろう。
と言っても数分には変わりないのだが。
東が黙り込んで3分が経った。
そのたった3分がかなり長く感じた。
お互いに気まずくなった時やっと東の口が開いた。
「あの・・・さ。とにかく。仲良くしようぜ!」
「・・・・・は?」
拍子抜けだった。
いきなり何を言い出すかと思いきや・・・。
友達になって欲しい、そういう事だろうか?
「あの、メアド交換しよう!名前も"東"と"関原"じゃなく"時雨"と"結夜"って呼ぼうぜ」
口を挟む余裕もなく、ただただ流されるだけのあたし。
声を出そうとしても小さく唸る様に聞こえるだけ。
そんなあたしの心境を察したのか、東が喋るのを止めた。
「あ、関原が嫌ならいいんだけど・・・・・・」
「そ、んな事ないよ?ただ・・・なんでかな〜って」
今あたし赤面してるだろうなと思う。
普通に男子と話すだけなら大丈夫なのだが
一対一で話しているんだって一度意識してしまうと赤くなってしまう。
何度も噛みつつゆっくりとあたしは伝えた。
「なんで・・・か。そうだな〜・・・・・・またいつか話すよ」
「・・・何それ!?」
「まーまー」
流された。大人しいはずの東に流された。
呆気に取られたのかもしれない。意外と喋る東に。
そのまま流されてあたしは
自分のメールアドレスを交換し、名前で呼び合う約束をしてしまった。
うん、と一言無意識で言ってしまったんだ。
何やってんだろ、あたし。
でもまあ、其処まで気にすることでもないか。
どうにかなってしまうってわけでもないし。
そんな風に軽い気持ちでいたからあたしは
悩む未来を想像することができなかったんだ。