空を見上げようとしてふと顔を上げると男が立っていた。側には屯所を見渡す少女が居て何かを話している。
表情が見えないからあまり分からないが後姿を見た限り、男は自分より年上だろう。
少女はまだ幼い顔付きだった。
猫を撫でていた手を移動させ猫を膝の上に持ち上げる。
「アンタ誰ですかィ」
誰かに似てる。そう思った。目線を動かさずにただ目の前に立つ男を見る。
「…俺達が見えるのか」
膝の上で猫が鳴いた。男は俺を見下ろす。少女も近付いてきた。
「可愛い猫じゃな」
目の前にしゃがみ、手を出して猫の毛並みに沿って撫でる。
「飼い猫か?」
「いや、最近来た迷い猫でさァ」
近くで見ると、かなり幼く感じた。猫をそっと抱き抱える。
「それよりもアンタ等誰なんでィ」
「俺達は天使だ」
「天使?」
そんな浮ついたもの信じるギリじゃなかった。
「ぬしの気持ちもわかるけー。」
「初めて見た、天使とか。ま、とにかく座ってくだせぇ。茶でも出しまさァ」
自分の隣に座らさせる。促すと素直に座った。
自分が先程まで食べていた煎餅を差し出し、急須から湯呑みに茶を入れる。
その間、猫は静かに抱き抱えられていた。
「なんで一般人が見えるんだ」
湯呑みを差し出すと、男は早速話し始めた。
「ぬしは霊感強かったりする?」
「それは無いと思いやすぜ。見た事無いし」
「なら気楽に何も考えずにおくっちゃ」
少女は足をぶらぶらさせて煎餅をかじった。
猫は少女が離した腕から自分の膝に乗り移ると喉を鳴らした。
「あ。そういえばまだ名前言ってなかったわい。
わしは黒鉄美咲。こっちの無愛想なのがテツじゃ。ほれ挨拶しんかー。」
どうやら美咲と名乗った少女の方が目上らしい。
「あ゛?チッ。丹波鉄男だ」
「沖田総悟でさァ」
互いに名前を言い合うと、早速聞いてみた。
「二人は何のために此処に居るんですかィ?」
ずっと考えていた。天使が何故屯所なんぞに居るのだろうか。
煎餅を一枚ほうばる。ばりっ。いい音が鳴った。
「ああ。地縛霊の掃除みたいなもんやけ」
この魂魄廻禁止銃でな、と拳銃を取り出す鉄男と名乗る男。
「通称"魂禁"じゃ」
もう一枚煎餅を口に含ませる少女。
「ところで梅酒ない?うっめっしゅっ!!」
「お前未成年だろ」
「梅酒は未成年でも飲める飲み物じゃわい。」
茶を啜る。茶の苦味が口の中に広がった。
二人の天使の会話を聞きながら平和な周りの光景を見渡してみる。
「さ〜らりとした梅酒♪」
唄いながら足を再びぶらぶらとさせる。
こんな少女が凄い人であるとは思えなかった。
「あ、そうだ。炭酸飲料水がありやす。飲みやすかィ」
丁度手元にあったアルミのコップを差し出す。
「アルミのコップは不味いだろ。」
「炭酸入れると泡が一気に抜けるわい。」
アルミのコップを否定する天使。
やはり天使でも人間でも、食するものは同じなのだろうか。
「サバイバル感があっていいだろィ。」
にっと笑ってみる。意外にも少女がそれも面白いわいとコップを手に持った。
男ははぁと一度溜め息をつくとコップを掴んだ。
分かった。土方さんに似てるんだ。
あの無愛想なところや、なんかつっかかってくるところとか。
とにかく顔が似ていた。
「何見てんだよ。」
「いえ何も。」
この人と土方さんには何処か繋がりがあるのだろうか。知りたいと思った。
「おっと。そろそろ婆を捕まえんと。」
「この辺には居ないみたいだ。次の町へ行くぞ。」
もう行ってしまうのか。せめて土方さんとこの人を並べてみたかった。
それはそれで面白そうだと思った。
ざわつく玄関付近。帰ってきた。なんていいタイミングなんだろうと思う。
だが、声をかけようとして振り向いた時にはもう二人の天使は居なかった。
また会えるだろうか。何故見えたのか分からないが再び見えるとも限らない。
惜しい事をしたなと思った。
「あ。」
猫が自分から離れる。目の前に立つ男が居て、そいつの足になすりついた。
「土方さん」
おかえりなせぇと一言言うと、土方さんはああと短く答えた。
「誰か居たのか」
自分の側の二つ余分にある湯呑みとコップを指した。
「ええ。天使が居やしたぜ」
「天使?お前頭どうにかしたのか?」
先ほどまで丹波鉄男が座っていた場所に座る土方さん。
横顔もそっくりだった。
「ねえ土方さん」
「あ?」
「天使って本当に居ると思いやすか?」
ふとこの人に聞いてみたいと思った。
答えをなんとなく予想してみたが何故か聞きたかった。
「んなもん居るわけねーだろ」
思った通りだった。土方さんは煙草を懐から取り出すと口にくわえ、火を付けた。
土方さんから漂う煙が辺りに広がる。
やっぱりいくら似てても人は違うのかめしんねーな。
「土方さん。煙草一本くだせぇ」
土方さんがくわえていた火のついた煙草をくわえる。
「お、オイ。」
土方さんを無視して空を見上げる。
そして空いっぱいに煙を吐いた。
「見えてますかねィ」
「ああ?誰にだよ」
「もちろん天使でさァ」
その時、少女の笑い声が聞こえた様な気がした。