生きて紡ぐ詩
「みちるそっちだッ」
「きゃーっ」
「しぶといな」
『早く止めを刺さよな』
「うっせ!刺そうとして逃げられたんだろ」
「ノロマが」
「てめーもだろ」
時計の針が真夜中の1時を回ったその頃。
バタバタと騒がしい音が、年中軋む廊下に鳴り響く。
あたし達はすばしっこいネズミを追いかけていた。
それもただのネズミではない。
ゾンビだ。
今までならただの金稼ぎだったため、ネズミごときに汗をかく必要などなかった。
まぁ確かに負債は今もない。
ないが‥‥必死に返済を手伝わなければならない。
あたしはこの2人に鎖で繋がられている。
だから2人の完済が達成しなければ、あたしもゾンビのままなのだ。
本当‥‥ツイてない。
『ちゃっちゃと戦略的に片付けよう』
「よし、作戦Aだ」
「はいっ‥‥Aって何ですか」
「行き当たりばったりな奴め」
「うっせーッ!!AったらAだッ」
『あッ!こらチカっ!!』
戦略的と言ったそばから赤月知佳は1人で走り出した。
何も考えずに行動してしまうのは本当に厄介だ。
せめて携帯とか持ってくれ。
『はぁ……』
あたしの返すべき負債はゼロなのに、なんでコイツらの返済を手伝わないといけないんだ。
しかも額が半端ないっていう……。
考えれば考えるほど体が重くなり、ため息も出た。
「仕方ない。分担して仕留めるぞ。俺はこっちに行く」
『ならあたしはあっちの倉庫の方に』
「わ、私はッ‥‥‥足手まといにならないようにがんばります‥‥ι」
橘思徒は赤月知佳と真逆の方へ向かって行った。
予想通りの展開だ。
性格は違うのに、どこか似てる。
だからこそあえて反対に向かうのだ。
紀多みちるは相変わらずビクビクと怯えながら、あたしの後ろを歩いている。
自分の思うがままに突き進む男子共について行くより、あたしについてきた方が良いと思ったんだろう。
まぁあたしがみちるでもそうしていたと思うが。
―ぴくんッ――
みちるの体が背後で少し跳ねた。
振り向くと強張った表情があたしの瞳を見つめている。
「さん‥‥」
『ああ、なんとなく感じてる』
近くにでかいゾンビがいる‥‥――
+++
「おらァーッ」
その頃赤月知佳は手当たり次第にネズミを仕留めていた。
もちろん見た目でゾンビだと分かるものだけだ。
普通のネズミは普通に駆除するに限る。
ゾンビ以外のものを仕留めた時のあの不快感が気に入らねぇ。
ゾンビには何も感じないのにネズミでさえも気分悪ぃ。
「うしっ…このままどんどんやってやらぁーッ!!」
一匹が塵のような額でもこんなけいりゃ金になるだろ。
知佳は思うままに突き進んだ。
出会うゾンビ出会うゾンビを斬り倒し、それを葬送して次の場所へ。
だが、思徒はまた、反対方向に突き進んでいる事を知佳は知らない。
+++
「女が二人……うまそうだなぁ」
涎をジュルッと吸い上げて、口元に残ったものを手で脱ぐいとるゾンビ。
熊の様な大きさでとてもがたいが良い。
人ではないものの貪欲な気配を感じ取った直後、背後から襲いかかってきたゾンビ。
初めから察していたから難なく避けられたが、もし気付いてなかったら今頃串刺しのペシャンコだ。
『こりゃ手強そうだ……』
「さん……」
みちるを背中に隠して庇うように立つ。
大きさで見れば俺一人で互角……ってとこだろうか。
だがみちるを庇いながらはいくら慣れているとはいえちとしんどい気もする。
「どっちから食べようかな」
ニヤりと不気味に笑いながら、ゾンビはのっそのっそと近付いてくる。
このままずっとノロいと良いんだが……。
鎖鎌を召喚し、柄を両手でぐっと握る。
武器など物なら召喚したり異空間に飛ばしたりできるし、俺自信なら次元移動もできる。
だが、みちるは生物―ナマモノ―。
みちるを安全な場所に飛ばせたらどんなに楽か。
『とりあえず絶対守れるって自身ねーから頼むな』
「は、はい!!邪魔だけはしないように頑張りますッ」
その言葉を聞いたと同時に、俺は地面を蹴った。
『はッ!!』
「ぅんー?」
俺が通過した場所に砂埃が立つ。
それが少しずつ煙幕になって行くのを感じながら、奴の周りをグルグルと走り続けた。
鎖を掴み、大きく後ろに引いて勢い付ける。
そしてそれを投げ、一気に引き戻す。
予想の付かない動きを繰り返し、相手に攻撃の間を与えないようにするのだ。
「よく・・・見えない・・・」
俺の足が砂を掬い上げる。
俺の鎌がそれを撒き散らす。
―気づいた時にはもう・・・相手の視界はゼロだ――
周りが見えないゾンビ。
足元が留守になっていて、何かに躓きバランスを崩した。
今だッ
空中に跳び上がり、塀、フェンス、屋根をステップにして素早くゾンビの頭上へ。
真上に来たと同時に刀を振り上げ、一気に突っ込む。
―プツンっ‥――
『なッ‥‥!?』
右手に力が入らない。
・・・まさかッ!!
体を捻り、咄嗟の方向転換。
ゾンビから離れて着地した際、腰が少し痛んだ。
そしてそれよりも大変な事になっている右手を目の前にかざして見る。
右手の手首が溶けはじめている。
骨は見えないが肉が見えてきた。
まるで皮膚に切れ目が入ったように徐々に裂けていく。
やっべ……腐り始めた‥――。
最悪だ。
アイツらとの距離が許容量を越えたみたいだ。
どれくらい離れたか分からないが、今俺はチカともシトともかなり離れていることになる。
アイツらも今頃腕が取れてるだろう。
くっそ、アイツらどこまで行ったんだ‥‥
テリトリー守れよッ
―ガクンッ――
『なっ……』
「さんッ!!!」
急に足首を掴まれ宙吊りにされる。
やばい、と感じた時には既に、目の前におぞましい顔があった。
「串刺しにしようか……それとも、ぐちゃぐちゃにしてユッケにでもしようか…」
うえっ。
想像するだけで吐き気がする……。
それが自分の肉ということまでは想像できないが
絶対ぇそんな汚物になってたまるかッ
『俺にまだ傷一つ付けれてないくせに何を言ってやがる』
―グンッ―
体を思いっきり捻り、その回転の勢いに任せて足を振り上げた。
俺の右足が、ゾンビの顔面を強打する。
低い呻き声が、着地と同時に耳に届いた。
『とは言ったものの・・・こりゃやべぇな・・・』
ゾンビから距離を取り、みちるの側まで戻る。
離れて落ちないように右手を押さえていると、
心配そうな顔のみちるが何かを言おうと口をパクパクさせている。
俺は、安心させる様ににやっと笑った。
その間にも、ゾンビがジリジリと近寄ってくる。
右手使えねぇっつーのはまずいな。
利き腕だし。
せめて左手にして欲しかったぜ。
『これじゃあ、武器使えねぇよ』
武器は・・・な。
―ポウッ――
緋色の何かが手のひらに現れた。
ふわふわとしていたそれが、だんだん丸みを帯びて集まっていく。
やがてそれが、ボール状になった。
『名づけて、ファイアーボール・・・ってな』
俺は再びニヤりと笑った。
ゾンビにも恐怖はあるのだろうか。
まるでその炎に脅えるかの様に、退くゾンビ。
『逃がすかッ』
俺は同じ様な火の玉を自分の周りにたくさん作り、ゾンビ目掛けて投げ放った。
「あづいッ・・・あづぃいいいッ!!!」
あっという間に火だるまとなるゾンビ。
炎の残像が目に焼きつく。
メラメラと燃え続け逃げ惑うゾンビだが、
やがて動かなくなり地に伏せた。
+++
『いやー収穫収穫ッ♪』
「良かったですねー一時はどうなるかと思いましたけど。」
葬送を終え、あたしとみちるは帰路を歩いていた。
だが、未だに右手は治っておらず
それどころか、完全に離れてしまっていた。
どうすんだコレ・・・。
チカもシトもどちらも携帯を持っていないため
こちらから連絡が取れない以上、どうしようもない。
『はぁ・・・』
―PPPP・・・♪―
ポケットの中から高めの音とバイブが響いた。
もしや、と思いそれをポケットから出す。
『もしもしッ!?』
唯一携帯を持っているあたしは、あらかじめ番号は伝えてあった。
公衆電話でも何でも、一応連絡手段がないわけではないし。
この電話が2人のどちらかであって欲しい。
「か?」
『シトッ!』
電話の相手はシトだった。
良かった。何とか連絡取れたみたいだ。
『何やってんだよ、おかげであたしの右手取れちゃったじゃないか』
「お前の事は知らん。問題は俺だ。俺の右手も完全に取れてしまっている」
『一緒じゃん!!とにかくどっかで落ち合おう』
「当たり前だ。今どこにいる?」
何だこのでかい態度。
自分が全てかよ・・・。と不満たっぷりだったが
一応あたしは2人に会えないとまずいため、下手に出ておく。
『みちる、ここどこ?』
「黒羽公園みたいですよ」
携帯のマイクの方を押さえ、みちるの方へ首を曲げた。
キョロキョロと周りを見渡したみちる。
そしてすぐに答えが返ってきた。
『黒羽公園みたい』
「そうか。お前の方が寮に近いな、すぐ行く」
『あ、ちょ。シトはどこに・・・』
―プツッ・・・プー・・プー・・プー・・――
切られた。
なんて自分勝手なんだアイツ。
もっと協調性って言葉を学習・・・・・・まあいいか。
無理だろうし。
暫くして、シトがやって来た。
本当に数分しか経っておらず、実は近くにいたのか、とか
ホントこいつ何者?などの疑問が頭を過ぎった。
『で、どこまで行ってたんだ?』
「さあな」
『・・・収穫は?』
「まあまあだな」
『・・・・・・話す気ないのか?』
「別に話す必要もないだろう」
『・・・・・・』
辺りに沈黙が流れる。
シトって何でこうも話しづらいんだ。
パッとした感じではチカと正反対だよなぁ。
なんて事を、シトをじーっと睨む様に見ては考えた。
みちるは2人の間に流れる嫌な空気に絶えられないのか、口を割って入ってきた。
「ま、まあさん。良かったじゃないですか右手が戻って」
『まぁね♪』
無事元通りになった右手を見つめ、指を一本ずつ動かした。
どうやらあたしは、2人のどちらかと一緒にいればいいらしい。
現に、こうしてシトと合流した途端右手がくっついた。
シトの手は離れたままだが・・・。
「くそ赤月め・・・どこまで行ってる・・・」
『それはあたしが2人に言いたいことだよ』
+++
「さん、シト君ッ」
『どした?』
シトとチカの右手は戻らないままだが、チカと連絡が取れないので仕方ない。
一旦寮へ戻ろうと、歩き出した時だった。
「チカくんから電話です」
先ほどみちるに携帯を渡しておいたのだが、
どうやらチカとも連絡が取れたようだ。
耳を離しているどころか、手元にはないはずなのに
携帯のスピーカーからチカの大きな声が3人に届く。
『チカ、早く帰っといで。シトも困ってる』
「うっせ。俺だって困ってんよ」
携帯をみちるから受け取り、話しかけてみると
相変わらずでかい声が鼓膜を破りそうな勢いで響いた。
『とりあえずあたしら寮に向かってるか・・・ら』
「赤月ッ!!あれだけテリトリーは破るなと言っただろう!!早く戻って来い」
携帯をシトに奪われた。
あたしの手の内からすっと引き抜いたと思ったら
シトはチカに変わらずでかい声で叫ぶように言った。
「だったらテメーが来いよ」
「なんだと?元はお前が悪いだろう」
「テリトリー先に破ったのテメーだろ」
ああ、いつもの口論が始まった。
テリトリー破ったのは2人ともだっつの。
お互い正反対で突っ走ったんだから、お互い様。
「もうシトが悪いでいいだろが」
「なんでだ。どう考えてもお前だろう」
「電話でまで喧嘩は止めてくださいよー」
今何時だと思ってんだよ。
夜中だよ。夜中の3時。
流石にもう眠いっつの。
煩いな・・・。
でも。
まー、面白いからいいか。
携帯から聞こえるチカの大声と
携帯に向かって怒鳴り続けるシトと
やっぱりいつでも2人の喧嘩を止めようとするみちる。
そんな様子を見てるのはなんだか楽しくて、あたしは思わずふわりと笑った。
PAYMENT:09 日常