生きて紡ぐ詩





ゾンビ――。
人の肉を主食とした醜く獰猛なバケモノ。

あいつらは無差別に襲い掛かり、人を同種に引きずり込む。
残った骸があまりにも無惨で残酷で
あたしでさえ口を覆いたくなる様な気分になる。



あたしはそんなものになってしまったのだろうか。
ゾンビというおぞましい【生物】に。




がゾンビ‥‥?」



渡し守の言葉に赤月知佳が反応した。
目を大きく見開き、の体をじぃっと見つめる。
最終的にはやはり、右手に光る、ブレスレットの様にそこに存在する手錠に視線が動いた。
普通の人間がそんな物騒なものを手首にぶら下げていたら、どんな性格なのかと人間性を疑うだろうに
何故かはまるで違和感がない。


はは‥‥ゾンビになったところで
もとからバケモノなあたしには関係ないか。


ヘタッと力が抜けた様に地面に座り込み、そして右手首を見つめる。
無心に見つめ続けていると、静まり返る空間にあたしだけが残されている気分になった。
ゴールドを宿した瞳の奥に存在するのはただの虚無だけ‥――。



『は‥‥ははっ‥‥あははははっ』
「‥!?」



自嘲気味に笑いだしたあたしに、周りにいたものたちはびくつく。
頭がおかしくなったのかと、心配そうに見つめる紀多みちる。
ひたすら笑い続けるあたしを止めようと、彼女は座ったままのあたしの肩に手を伸ばす‥――。



「あの、さん‥‥」
『あははははっ‥』



ピタ‥――
紀多みちるの手は肩に触れることなく、中途半端に浮かんだまま止まった。
きっと、かける言葉も、すべき行動も思いつかなかったのだろう。
乱雑に慰めようとしたところで、何も変わらないどころか傷を余計に広げてしまうかもしれない。


どうしたらいい?
―そんなのあたしが知りたい――


誰か教えてよ。
あたしはこれ以上‥‥



―人間離れしたくない‥‥――




『‥ははっ‥‥‥はぁ‥‥』



アンティークとは呼べないその代物に愛着が湧くわけもなく、
あたしはただ苦笑いをし、隠すように袖を引っ張った。



‥‥?」
『1人にして‥‥』



右手首を服の上から押さえて、その場から逃げるように背を向けた。
だけどやはり、あたしに逃げ道はないんだとすぐに悟った。



『そっか。あたし離れられないんだ』



手錠があたしを繋いでる。
鎖に繋がれた人生をあたしは‥‥
送らなければならないのだろうか。



「ええ。まぁ自分の身に何が起きてもいいのなら止めはしませんよ」



渡し守の言葉がやけに耳に響いた。
原因含め、まだ何もわかっていない。
この状況で迂闊に動けば、あたしは命を落としかねないのだ。


こんなの理不尽だ。
どうしてあたしばかりこんな目に遭わなきゃならないの。


「‥‥なぁ。何もそんな世界の終わりみてーな面する事ぁねーだろうよ」
『‥‥何?』



世界の終わりみたいな面?
‥‥もう終わったよ。
ゾンビなんて死人の次の人生じゃないか。
既にゾンビになったというのなら、あたしたちは人間としては終わってる。


‥‥いやむしろ‥――
生まれた時からあたしに始まりなんてなかった。



『赤月はもう割り切ってんだね。それに比べてあたしは‥‥』


生まれた時からバケモノのはずなのに
そう割り切っていたつもりなのに‥‥


『今よりも異常な存在になるのが‥‥怖い』


怖いんだよ。
あたしは‥‥自分が怖いんだ。










「だから、お前のその顔うぜー!」






『‥‥え。』



ぷにっ。
一瞬間を置いて、頬に軽く鈍い痛みが渡った。
最初何が起こったのか解らなくて、前に立つ銀髪を呆けたまま眺めていた。



『‥い‥‥いはい‥』



ぎゅうっと摘ままれた頬から熱が生まれる。
どんどん痛みは大きくなっていって、同時に意識がはっきりしてきた。
赤月に両頬をつねられていると自覚して、乱暴にその手を払う。



『何すんっ‥‥』
「‥‥痛ぇだろ」



え‥?

真剣な瞳があたしを捉えた。
まっすぐに見つめられて、少し戸惑ってしまう。

なんとなく、赤月が言おうとしてる事がわかったかもしれない。


赤月は少し笑って、その優しい表情で言った。



「この痛みは生きてるから感じんだぞ」



トクンッ――
自分の心臓の音が身体中に響いた。
さっきまで響いていた音とは違う、優しい音。
リラックスできる、穏やかな心拍数。


そっか‥‥そうなんだ。



「お前まだ、生きてんじゃん」



あたしまだ‥‥生きてるんだ。
人間でいていいんだ。

自分がバケモノだというのは変わらないはずなのに、すっと重荷が降りた気がした。


「それにほら、お前まだ【半】ゾンビだろ?
 俺らなんか完璧ゾンビだし。俺らがこうやって生きてんだから、大丈夫だろ。なぁシト」
「チカ君‥‥。」
「‥‥そうだな。他は知らないが俺たちは生きているな」
「‥‥え、シト君!?」



同情とか情けから来る慰めみたいな
そんな安上がりなものは、あたしは求めてない。
だけど‥こいつらのは、そんなものとは違う。
同情とか情けなど、感じられなかった。



『‥‥ありがとう』



ボソッと呟くように紡いだはずが、みんなの耳に届いていたらしい。
3人のふわりと笑った表情が、あたしの心の壁を少し溶かした。



なんでこんなにも
あたしを救ってくれるのだろうか。


理解できなくて、なんだかよくわからないまま
あたしの表情も自然と柔らかになった気がした。


こいつらと一緒ならあたしも普通の人間でいられるかもしれない。



さん‥‥?」



紀多さんがあたしのところにやってきた。
そして肩に彼女の指が触れた。



『なんでもないよ』



ふわり。
作り笑いではない、本当の笑顔が顔から零れた。


―あたし‥‥ちゃんと運命と向き合って生きていけそうな気がする・・・――




『人間に戻れる様に前向きに頑張ろうって思ってたとこなんだ』
「へー。急になんか気持ち悪ぃー」
『うっさいチンピラ馬鹿』
「馬鹿馬鹿いつもうるせーよ」
「チンピラは訂正しないんですね・・・」
「事実馬鹿だろう」
「んだとーっ!?ならおめーは天才の出木杉君か!出木杉君って呼んでやろうか、あん?」
「ほう‥光栄だな」
「うっぜ!コイツに何か言えみちる」
「む、むむむ無理ですぅっっ」
『あははっ』



ジャラッ――
お腹を抱えて笑った拍子に、右手の鎖がぶつかり合って音が鳴った。
この音も、さっきとは違って聞こえる。


大丈夫。
あたしは生きてる。


『‥‥改めて言わせて』
「?」



掴み合っていた赤月知佳と橘思徒、止めようとしていた紀多みちるがこちらを見る。
あたしは3人に向かって、笑いながら言った。



『これからよろしく。チカ.シト.みちる!』
「っ!」



3人は一瞬驚いて、そしてすぐに答える様に優しく笑った。



「おうよっ!」
「はい!」
「ふん・・・」



あたしはこれからこいつらの仲間になる。
だからきっとこれが、あたしの人生の始まりなんだ。









4人の様子を少し離れた場所から見ていた渡し守。
事が一先ずは一件落着と解釈し、1人先に事務所へと歩き出した。


数歩歩いた後、振り向いてにやりと笑う。


「いい感じに事が進んでくれてますね」



暗闇を歩く鼈甲の背中を
チカチカと今にも切れそうな電灯の光が、淡く照らしていた。



そう。
これがすべての始まり。



PAYMENT:08 生命