生きて紡ぐ詩
ドリーム小説




「大変な事になりましたね、さん」



眼鏡の奥が笑って見えた。
もしかしたら嵌められたのかもしれない。
そう悟ったが、遅かった。



何もかも‥‥―――











「おいシト、そっちいったぞ」



地面を蹴る音と共に、うっすらと光に照らされ見える醜いものたち。



「分かっている。‥‥赤月、上だ」



周りには数匹のゾンビが体を引きずる様に向かってきている。
Zローン事務所から出てきて、早速気配を感じ取ったあたしと紀多みちる。
向かった先にて化け物に遭遇した4人の変わり者は今現在

バトルの真っ最中だった。



『紀多さん、離れて』
「ひぃいッ!!?」



ぶっ飛ばしてもぶっ飛ばしても、次から次へとやってくる物体。
どうやら紀多さんは戦闘能力がないらしい。
先程から逃げ回っているが、どこへ行っても安全な場所ではなかった。



『これさー、なんかやけに多くないか?』



矢を放ち、彼女に今にも襲いかかろうとしていたゾンビを倒してから男共に言う。
2人は丁度同時に獲物を倒していた。
何を今さら、とでも言いたげな素振りを示し、それでも一旦自分のところへやってきた。



「こうも多いと面倒だな」
「だが金は入る。お前は金さえ入ればいいのだろう」
「まぁな。でも、なかなかくたばんねぇんだよな、今日のゾンビ」
『俺も、まだ始めて浅いけどやけに強いとは思うな』



言葉を発している間も、手を動かし矢を放っていく。
弓から弾け飛んでゆく軌道の先にはきっちりと獲物がいた。
対して赤月と橘はそれぞれの武器を使って囲まれない様に戦っている。
相変わらず彼女は怯えたままだが‥‥。



『やっぱ弓じゃ接近戦に向いてないか』



シュッ――
手の内から弓が消えて、代わりに短刀が現れた。
短刀とは言ってもそんなに短くはないそれを握り、さっと構える。
戦闘範囲が遠距離から至近距離になる為、脳や体の切り替えが必要だった。
目を閉じ、一瞬で中のモノを無にし、そして目を開ける。



『おし、どっからでも来い』
「つかお前はどんだけ武器持ってんだよ」


背中に生気を感じた。
赤月が背中合わせに立っている。


やっぱりこいつはその辺のゾンビとは違う。
ちゃんと生きてる‥‥。



『武器は召喚してるからな、いくらでもある』
「マジかよ。何でもありだな」



すぐに赤月は離れていった。
今まで赤月の気配を感じていた背中がすぅっとした。
どんな些細な事にも、生きてる証がある。
何でだろうな。
自分は生きてるはずなのに、何も感じない気がする。



「魔術‥‥とか言ったか?使わないのか」



赤月と入れ替わりに橘がやってきた。
銃弾が近くを掠めて、ドサッという音がした。



『まだ使う時じゃねーの。それに、魔術よかこっちのが得意なんだよ』
「そうか。なら戦っていろ」



橘もすぐ去っていった。
何だかなぁ‥‥。よくわかんねぇんだよな、橘って。
なに考えてんのかサッパリだ。
会話してる気がしない。



『これこそ面倒‥‥』
「えっ、さんなんかいいい言いました、か?」
『そんな今にも泣きそうな顔で‥‥ι怖いなら帰ったら?』
「だ、大丈夫ですよ!‥‥‥多分」
『‥‥全然大丈夫じゃないよな』



はは、と苦笑いをしてから視線を元に戻した。
庇いながら戦うのは経験上慣れている。
わざわざ彼女を視界に入れなくとも、感覚で場所が分かった。


だけど、何かが今までと違う。
Zローン御一考に出会ってから初めての事ばかり起きたが
彼女はそれとも何かが違う気がした。


なんだろう‥‥何か大きな‥‥。


だが今はそんなことを考えてる時ではない。
こいつらに会ってから思いに耽ることが増えたな。
心の中でため息を吐き、またゾンビを一体動かなくした。





***




「葬送完了っと」



やっと全てのゾンビを葬送し終え、あたしたちは一息ついた。
結構な体力を消耗した気がする。
‥‥はずなのだが、運動バカなのか赤月は
自販機のつり銭忘れを探し始めていた。
紀多さんは限界らしく、ステップのところに座り込んでいる。



「はい、お疲れ」



目の前に差し出されたコップを受け取って一口飲んだ。
それは暖かくて、手からも内側からも疲れた体を癒してくれた。



『なんとなくだけどさ』
「なんだ?」
『橘くんってあたしと同じ気がする』
「同じ?」
『‥‥あ、いや。何でもない。これありがと』



飲み終えた紙コップをゴミ箱に捨て
今度は自販機の下を除き込んでいる赤月を引き上げた。



「なんだよ」
『みっともない‥‥』
「あ?俺の勝手だ‥‥お前どこ行くんだ?」



すたすたと歩き出したら、何故か呼び止められた。
面倒くさそうに振り向き、なに?と問う。



『寮‥だけど』
「なんだ、お前も寮に来んのかよ」
『え、もしかして3人とも?』



後ろでぐったりしてる彼女とぼーっとしている彼を見て、もう一度赤月を見る。



「おうよ。なら別にバラで帰る事もねーな。おい、みちる。歩けっか?」
「む、無理ですぅ」
「よし行くぞ」
「鬼ぃー!!」



ポカンとやり取りを見て、はっと我に返る。
なんだか調子狂うなぁ‥もう。



『はい、紀多さん。乗っていいよ』
「え?」



彼女の前に背中を差し出すと、拍子抜けな声が返ってきた。



『疲れたんでしょ。おんぶしてあげるから』
「いいい良いです!遠慮します、歩けますからッ!!」



ビシッと立ち上がった紀多さんに笑いが込み上げてきた。
それを堪えて、ならいいけど、と笑いかけた。



「ほら早くしろ、みちる」
「は、はいぃッ!!」



赤月を先頭に橘、紀多さんが続き、あたしは最後尾になった。



『ほんと元気だ‥‥‥ッ!』



感心していると何かの気配をうっすらと感じた。


何か‥‥いる。


バッ――と後ろを振り向いてみたが、何もいなかった。



『勘違いか‥‥?』
「どうかしたか?」



前から橘の声がした。
あたしの行動に違和感を感じたらしい。
だが、あたしは答えなかった。
動かず、目を凝らしめる。



ジリッ――



『っ‥‥紀多さんっ!!』
「えっ!?」



ブシュゥッ―――
『ぐっ‥‥』



鮮血が飛び散り、銀色の刃が紅く染まる。
視界が一瞬で真っ赤になり、三日月が笑っている様に見えた。



ッ!!」



3人の声が遠くから聞こえた気がした。
そんなに離れていなかったはずだが、何故だろな、よく聞こえない。

体を貫いた数本の刃を乱暴に引き抜いて
そのまま膝を地面にぶつける様に倒れ込んだ。

まだ残っていた、意思のあるゾンビが立っている。
そいつはにやりと笑って、見下ろしていた。



「まだいたのかよっ」
「赤月っ」
「シトっ」



お互いの右手を投げ合い、それを素早くくっつけると刀と銃がそれぞれ現れた。


ドゥンッ――


先手を打った橘の銃弾が肩を貫く。
それに連携した赤月が刀を降り下ろした。
だが‥‥



「隙をなかなか作らないから手間取ったなぁ、そいつ」



痛みを感じないのか、溢れる血を他所に
笑ったままゆっくり、こっちに近づいて来た。



「何!?」
「なんでこいつ効いてな‥‥っ」



体が思うように動かない。
血を流しすぎたせいで体がとても重い。



「まぁ、一番弱そうなの狙ったんだけど、庇ってくれたおかげで助かったよ」
『ってぇー‥それはどうも‥‥悪いね、俺どうしても人を守っちゃう質だもんで』



これ以上血が流れてしまわないように傷口を押さえて立ち上がる。
咄嗟にふっ飛ばした彼女は少し離れた場所で気を失っていた。
口内の血を吐き出し、口元の血痕をぬぐいとる。



「へぇ‥‥まだ立てるのかお前」
『はは‥。こりゃ久々にすげぇ痛かったよ。でもまぁ、俺もバケモノなんで‥‥簡単には死なねーのよ』



口を動かす度、傷が痛んだ。
激痛が全身を走るように伝う。



「面白いな‥お前。俺のおもちゃにしてやろうか」
『御免だね。うざいよ、お前』



こうしてる間にも、2人の攻撃は止まなかった。
何度も穴を開けられてるはずなのに、このゾンビは笑ったまま。
時折2人をぶっ飛ばして、またにやりと笑うだけ。



『ほんとうざいよ』
「あ?」



プツンッ・・・――。何かが切れた音がした。
それはとても小さな音で、音がした事に本人以外は気付かない。

のリミッター。

本来ならば解放してはいけないリミッターが外れた音だった。





『もう‥‥消えたら?』



グシャッ――



一瞬だった。
瞬きをしたほんの一瞬の間に、ゾンビは潰れて肉の塊と化した。

まるで内側から弾けとんだ様な‥‥。



「‥‥さん?」



銃をしまった橘が、に問う。
だがの焦点はどこにも向けられず、瞳が淀んでいた。



?」



気になった赤月もまた声をかけるが、反応がなかった。
意識がまるでない。
まさかと思っての腕を引っ張る。



「‥‥まだ生きてるな」



一先ず安心するが、どうしたらいいのか途方にくれてしまう。
立ったまま動かず意識のない血塗れの人間。
まずは手当てをするべきなのだろうが
今この場には手当てをできる人材も道具もない。
それに気絶したままのみちるもいた。



「おいシト、どうするよ?」
「一先ずは渡し守を呼んだ方がいいだろうな」



公衆電話か何かないか辺りを見渡してみる。
が、やはりこのご時世だ。
なかなか見つかりはしなかった。



「っ‥‥あたた‥‥さん?」
「お、みちる気がついたか」



目を開けると、血塗れで漠然と立っているが視界に入った。
目を見開き、血の気が引いていくみちる。



「どうしてこんな‥‥‥さんっ!!」
『‥‥‥っ!?』


あれ‥‥なんだ‥‥?
俺、何でぼーっとして‥‥。



さん、大丈夫ですか!?」
「はー‥‥、意識戻ったみてぇだな」
「の様だな」



ドクンッ――
『ぅぐっ‥‥』



意識が戻り、全身に痛みが戻ってきた。
体に力が入らない。
足ががくがくして、再び倒れ込んだ。



「おい!?」



どうやら2人に体を支えられた様だ。
前のめりに倒れたつもりだったのだが
赤月と橘の後ろに夜空が見えている。



『あ、さ‥んきゅ』
「大丈夫か!?」
『っ‥‥だいじょ‥だ、な‥れてっ‥から』
「全然大丈夫じゃないですよっ」
『見ろよこの水芸‥‥真っ赤だけど』
「冗談言ってる場合じゃないです!!」
「おい、喋ると傷口が開くぞ」



3人が俺の顔を覗き込んでる‥‥心配そうに。
何で、真剣な顔してんだろ。
俺はただ、一緒に戦ってるチームなだけで
誰かに心配される様な存在じゃねーのに。



『‥‥ありがとな』



体を少し起こして両腕を持ち上げようと力を入れる。
そして、両手に光を灯した。



「なんだ?」
「手が光って‥‥」



ふわり。暖かい光が辺りを包む。
穏やかな気分になってそして痛みも少しずつ引いていった。



「すげー‥‥痛くねぇ!!」
「これも魔術か‥‥」
『そう。つっても医療術は苦手だから完璧には治せないんだけど』



赤月と橘の傷はほぼ癒えていた。
だが自分の傷は体を貫通してるため、なかなか治らない。
これを治すにはもっと大きな力を出すしか‥‥。



「別に俺たちは大した事ないからな」
「ああ。完治しなくても支障はねーし、金は取られるけど由詩がいるしな」
『そっか、なら良かった‥‥』



傷が酷いのは自分だけだし
苦手なのに頑張って今完治させようとしなくても大丈夫だな。
もともと回復が普通の人間より何倍も早いわけだし。


そう思い、力を弱めた瞬間
紀多さんの手が両手を包んだ。



「よくないです」
『‥‥紀多さん?』



少し震えてる‥‥?
俯いていて表情がよく見えない。
だが、何が言いたいかは何となく感づいた。



「よくないですよっ‥‥私のせいでさん、こんな傷っ‥‥」
『大丈夫だよ。今すぐは無理でも、治るのは早いから』
「よくないです!!」



ポゥッ――



『え‥‥?』



何もしていないのに、光が強まった。
紀多さんが叫んだ途端に‥だ。
何故こんな‥‥。
先程よりも急速に傷が癒えていく。
そして‥‥――



『‥‥マジかよ』



あっという間に傷が完治してしまった。
痛みも何も感じない。



「‥‥良かった」
「んだよ、自分で治せたじゃんかよー」
『‥その言い方だと良かったのか悪かったのか分かんねーな』



もう自分1人で大丈夫だ、と言うと
支えてくれていた2人の腕が離れた。

傷痕がどうなっているか気になってそっと覗いてみると
やはり、傷痕すら残っていなかった。



『今、何が起きて‥‥?』



わからない。
もしかして、紀多さんの力なのか?


考えれば考える程頭がぐるぐるして余計わからなくなっていった。
だからと言って、
まぁ、傷が癒えたんだからいいか。
なんて単純に言ってられなかった。


体が何か‥‥おかしい‥‥。



「ん?今度はどうしたの、さん」
『‥‥よくわかんないんだけどさ‥‥あの』

「あー皆さんここにいたんですか」
「渡し守!!」



自分の状態を伝えようというときに、渡し守が現れた。
急に背後に現れるもんだから、その場にいた者達皆驚いている。



「なんでここに?」
「由詩は?」



一体渡し守は何故ここに、と疑問が飛び交う中
あたしだけは何となく勘づいてしまった。

何故なら今
自分の体が少しおかしいから。



「彼はお留守番です。で、ここに来た理由なんですが‥‥さん」
『‥‥何』



やはり予想的中なのだろう。
渡し守が自分に話しかけたということはやはりそうなんだ。



「今、体に違和感を感じていますでしょう」
『なんでそれを‥‥?』
「いやねぇ‥‥」



ごくっと唾を飲み込んだ。
嫌な汗が額を伝う。
渡し守がゆっくり近づいてきて口を開いた。



―‥「どうやら貴方‥半ゾンビになってしまった様です」‥‥――




ドクンッ――
ドクンッ――ドクンッ――


心臓の音が体中に響く。
自分の体じゃないみたいに重い。
苦しいわけでもないのに、やけに心臓の音が煩い。



『‥‥は?ちょっと待って‥‥え?いやあたし‥‥死んでないし』
「私にも何が起きたのか‥‥ですが貴方の手首にお2人と同じ手錠が見えますよ」
『手錠って‥‥‥なッ!?』



ジャラッッ――
金属製の何かがぶつかる音がした。
右手が少し重い。
ぶらぶらと、右手から伸びた鎖が揺れる。

手首にはあの手錠がかかっていた。



『何これ‥‥意味分かんないんだけど』



手を動かす度にジャラジャラと鳴るそれは
困惑した表情のあたしの心を動揺させた。



「貴方は死にかけた際に2人の手錠にふれ、魔術を発動させた‥‥それが原因かと」
『んなの、偶然じゃないか‥‥』



手錠に触れた‥‥?
2人が抱き抱えてくれた時だろうか。
あたしはその状態で確かに魔術をかけた。
でもその時は何も異常はなかったじゃないか。


あたしが……ゾンビ……?
死んでもいないのにっ……


信じれない出来事が起こったせいで、全身が落ち着かない。
落ち着かないと物事を冷静に考えられないというのに
解っているのに、呆けた顔を引き締める事すら手がつかなかった。



「あたしこれからどうしたらっ‥‥」



自分の運命を憎んだ。
あたしはどうせもともとバケモノなんだ。
そうだと分かっていてもあたしは
途方に暮れて立ち竦んでいた。



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