生きて紡ぐ詩
『悪いねー、付き合わせちゃって』
「悪いと思うのなら付き合わせるな」
現時刻午前11時。
あたしは橘思徒とあまり遠くないデパートに来ていた。
『だって仕方ないじゃん』
へらっと笑ってもう1度謝った。
でも悪いとはそんなに思ってない。
少しだけだ。
だってあたしだって好きでこんな体になったわけじゃないんだ。
「お前の事など知らん」
先日調べたところ
あたしのテリトリーはチカシトよりも狭いことがわかった。
近くのデパートでさえ、どちらかといなければならない。
腕さえ取れなきゃ1人で行くっつーの。
『だからこうやって、シトの買い物にも付き合ってあげてるじゃん』
「これはお前のついで………ああッ!これはレアベティ2号じゃないか!!」
『……絶対楽しんでるでしょ』
アンティークショップにて
その場に似つかわしくないベティが高額で展示されていた。
ベティの何がシトをここまで引き込むのかあたしには解らない。
思徒は高額なのにすんなりとその大金を支払うと
ほくほくと満足そうな笑顔を見せてベティを抱き締めていた。
レアな物は確かに気になるが、これは本当に興味がない。
『どっからそんな大金出てくんのさ』
前から思っていた。
思徒の収集癖はどうしたもんかと。
思徒のコレクションは異様な物ばかりだからだ。
何度か部屋に入った事があるが、あんな部屋で快眠はできないと思う。
「どこでもいいだろう」
『……まさか、女!?』
「戯けが」
『シトに貢ぐ女なんていくらでもいるでしょ』
「知るか」
その後も思徒はベティにしか目が入ってない様で
あたしの話は適当に受け流していた……と言うより話になっていなかった。
微妙に聞いてなかったり、全く聞いてなかったり。
何を言ってもベティの話。
仕方なくあたしも思徒に合わせてみた。
『思徒っていつからベティ集めてるの??』
「ベティの魅力…?ああ、大きな目だな。それと膨らんだ頬だ」
『それはかわいいの?綺麗なの?』
「ああ。当たり前だ」
いや、意味がわからないんですけど。
全く会話になっていない…――。
ふと時計を見てみた。
ジャストタイミングで正午の鐘が鳴る。
おおっすげー、とタイミングが良かった事が嬉しくてテンションが上がった。
その様子が外に出ていたらしく、
何をしてるんだコイツはと今にも言いそうな思徒と目があった。
いつの間にベティから戻ってきてたんだ。
「そろそろ昼飯にするか」
『あーうん。腹減ったー』
あたしたちの足取りは真っ直ぐに定食屋に向かっていた。
なんだかんだ、思徒も多少はお腹を空かしているらしい。
ベティを大事そうに抱え慎重そうながらも、足取りは意外にスムーズだった。
2人共食べられればいいという性格だったため、
多少ボロかろうが店内に蜘蛛の巣が張ってようがお構い無し。
空いてる店に入って目についた1番安い定食を頼んだ。
「……お前は何故そんなにも生を嫌うんだ?」
客が少なかった為に早く出てきた料理。
普通に美味しかったので、
店のこのボロさは単に掃除ベタなだけなのだろうと勝手に解釈していた。
そんな風に定食を食べ始めて数分…――
思徒がそんな事を聞いてきた。
『うーん……正確には今はそんなにだよ。死んだらそれでいいや…
むしろあたしは消えた方がいい……なんてちょっと前まで思ってたけど』
「…誰かと似てるな」
『誰かって?』
聞き返してみたけど、あたしはなんとなくわかっていた。
あたしはZローンの3人とそれぞれどこか似たところを感じていた。
目の前にいる橘思徒も、今はバイトだろう赤月知佳も
同じ様な感性をした紀多みちるも――。
『……あたしもみちるみたいに、君たちに会って変われた気がするんだ』
「俺たち?」
『そう。なんか……大事な事に気づけたって言うかさ。うまく言えないけど』
「ほぅ…まぁ俺にはどうでもいいがな」
一口、ご飯が思徒の口に運ばれた。
聞いてきたのは君なんだけど……と思ったが
思徒の性格を考えてみて、諦めた。
『チカなら何かしら反応するかな』
「感謝してるなら金出せ等と言うんだろうな」
『…あーなるほど。シトでいーや』
しばらくしてあたしたちは食べ終わった。
思徒のが多少早かったが、あまり変わらないペースだった。
水を口一杯に頬張ると席を立ち、すぐにも店を出た。
「まあまあの味だな」
『不味くはなかったな』
店を出た瞬間、同じタイミングでそう呟く。
以心伝心かというようなタイミングだ。
3人の中ではやはり思徒が1番似てるかもしれない。
「…帰るぞ」
『はーい』
+++
「あれが……」
2つの影が2人の様子を伺う様に離れた場所に立っていた。
1人の長身の男がそうだと答える。
もう1人の方は体が大きく大変筋肉質だということがシルエットでわかった。
思徒ももその2人に気付いていない。
両者とも気配には敏感な方ではあるが、
流石にデパートという人混みの中で意識するのは難しかった。
「今回の任務はわかってるな」
「ああ。今回はあまり動かないんだよな」
にやりと男たちが笑う。
遠くの方で、も笑っていた。
その笑顔が一瞬で消えるとは今この時思っていなかった。
デパートの出口に向かって歩いていた時に
知佳に頼まれていたものを思い出した。
確か、ピアスの手入れ用品を買ってくる様に言われていたんだ。
先を歩く思徒に声をかけようと口を開く。
『あ、シト……』
その時誰かがあたしの横をすれ違った。
あたしは気にもしなかった、それが誰なのかなど。
だが考えるべきだったのだ。
自分の存在をちゃんと理解しているのだから
気を抜く暇なんてない事くらい当たり前だったはずだ。
すれ違い様に何かがあたしの体に触れた。
と同時に脳内がグラリと揺れ、電気のようなものが身体中に走る。
ドクンっ―――
『っ…!?』
大きく心臓が脈打つ。
一瞬の鋭い痛みが全身を駆け巡った。
その場で倒れ込むように崩れ落ちた。
「!?」
思徒が気づいて駆けつけてくる。
だがそんな事を認識する余裕はなかった。
ドクッ―ドクンッ――
『ぐっ……』
「どうした!?」
自然と呼吸が荒くなる。苦しい。
そして激しい頭痛に吐き気。
今にも意識が飛びそうだ。
何より…右手が熱いッ…――。
「、何があった!?」
答えられない。苦しい。
頭が回らないどころか、話す気力もない。
ひくひくと口が動くだけで、言葉にならない。
心音とゼーゼーと風が喉から抜ける音のみが思徒に届く。
「!!」
『シ…――』
そこであたしの意識は完全にぶっ飛んだ。
PAYMENT:10 新たな壁