PAL OF ROBBER
「こりゃ秘笈だな…」
「秘笈?」
灯を手に暗闇の奥まで入って行くと、厳重にロックされた箱があった。
ジンはそれを楽々開けて、キールが中の物を取り出した。
「大切に保存された本やその箱の事だ」
「ならこの本がお宝なのか!?」
「いや」
「じゃあ箱がお宝かっ」
「それも違う」
「じゃあ何なんだよ!!?」
ジンは一息置くと、キールに向き直った。
「この本に書かれているのは‥‥」
「SPIRITUAL CASK's WHEREABOUTS‥‥」
「!!」
後ろから聞こえた声にハッとして振り向き、手甲に隠している武器を素早く出す。
逆行で顔が見えないが、背格好からしてまだ子供だ。
「つまりこの街の宝、秘酒の詰まった酒樽のありか。
それから、秘酒の原料だとかそんなもんね」
ゆっくりと近付いてくる誰か。
持っていた灯に照らされたその顔に、ジンは再び驚いた。
「君は‥‥」
今日の昼、自身に話し掛けてきた女の子だった。
ジンは、昼間の‥‥と言いかけたところでキールの言葉にかきけされる。
「可憐で素敵なお嬢さんっっ
こんな綺麗な夜空の下で会えるなんて俺はなんて幸せ者なんだっ
空は見えないけど‥‥‥今夜は俺と一夜を‥‥「キール‥‥υ」
彼の心境を知らず口説き始める相棒に呆れながら、
ジンは彼女を見据える様に近付いた。
「やっぱりヒントが解けたんだね」
と笑って言う彼女に、ああ‥結構簡単だったよと言えば、彼女はクスッと笑った。
「だろうね‥‥。これくらい解けてくれないと逆に困る」
ジンは手刀を構えたまま彼女を見つめる。
昼間会った彼女と雰囲気がかなり違う。
俺に話し掛けて来た時にはあった優しい微笑みがない――
「まさか本当に君がドロボウだったなんてね」
「俺に何の用かな?」
「んー‥‥私が用があるのは君と言うか、君の盗んだものだよ」
指先をジンに向け、緩く笑った瞬間
シュッ―と音がして、彼女の右足から小さな小刀が飛び出した。
「私も君と同じで隠し武器があるんだよ。これがその一つ‥‥」
「へぇー‥‥じゃあまだ沢山あるんだ」
「呑気に笑ってる場合か、ジン!!」
キールの背後は本が大切に保管されているだけで出口のない狭い空間。
そんなところに追いやられ、状況の掴めないキールはパニくっていた。
「んー‥そんなにはないんだけど」
右手に掴んだ小刀を二人の前に差し出し、左手を刃に添えてゆっくりとなぞりだした。
手の動きに沿って伸びて行く刀。
左手が刃先まで動いた時、小刀は長刀に変わっていた。
「‥面白いマジックだね」
「でしょ」
スッ―とジンの鼻先に刃先を向ける女。
キールは周りを包み込む空気に圧倒され、冷や汗を帯びている。
だがジンの表情は変わらない。
「君、貴重なものを盗んだでしょ」
「貴重なものならいつも盗んでるけど」
「リクニアという街で盗んだもの‥‥覚えてる?」
「‥リクニア‥‥?」
つい10日前に行った街だった。
緑が少なく、セメントの塊と言って良いほどの何もない街だった。
だが、リクニアの草木や花は他の街とは変わっていた。
リクニアの植物は水晶でできている。
故に、高価で取り扱われている代物。
ジンはその花のクリスタルな落ち葉を1枚、その街から盗んだ。
「俺は落ち葉を拾っただけだぜ」
「そう、君は落ち葉を拾っただけ。でもどうやら私にはただの落ち葉じゃないのよ」
意味深な言葉を発する彼女。
ジンは彼女の目をじっと見た。
「リクニアの花には簡単には見つけられない様に【守】がかかっていた。
生を大切にする者にだけ見える様に‥‥」
「へー、そうなんだ」
「なんでドロボウの君に見えたのか‥‥」
ま、それはこの際どうでもいいけどと言う彼女は続けて話す。
「私は悪を倒す善人でも、正義を憎む悪人でもない。
珍しい物を探して世界を知る為に旅をしてるだけ‥‥」
「ただの旅人がそんな物騒なもの持ってるの?」
「世の中危険だらけでしょ。ま、私の話聞いてくんない?」
彼女は刀を降ろす事なく話し出した。
リクニアに着いた時、街から出て行く一人の少年と黒い鳥を見た。
でも私は気にも止めなかった。
どうせただの観光客だと思って。
街に入って行くと、そこには噂通りの美しい水晶花があった。
吸い込まれる様に私は近付いた――
そのとき‥‥声が聞こえた。
「声?」
「そう、声‥‥」
最初はとても驚いたけど、すぐにこの水晶花の声だと分かった。
何故なら水晶花には不思議な力があり、
その声無き声を聞いたものは未来が大きく変わるという話をかつて聞いた事があったから。
『先に現われた者が持つ我に触れよ――』と水晶花は言った。
「汝の探している物に出会う事になる――とね」
「探し物?何か落とし物でも?」
「‥‥かもね」
彼女はそれだけ言うと、刀を持っていない左手をジンに向かって出した。
「私が探してる物は君には関係ない。関係してるのは、君の持つ落ち葉」
ジンはその様子を一瞥すると、視線を元に戻してポケットの中から小さくて薄い水晶を取り出した。
「そんなに欲しいならあげるよ。売る為にこれ拾ったわけじゃねーから」
水晶を彼女に差し出すジン。
その行動に彼女は驚いた。
「っ!?‥‥‥クスッ‥ホント君変わったドロボウだね」
「まあね。でも君も俺を騙す為にいろいろと変わった事考えたもんだ」
「考えたのは私じゃないけど‥‥」
彼女は右手で刀を構え、二人が何か仕掛けてこないか慎重になりながら、左手で水晶花に触れる。
「じゃあ誰が‥‥」
ジンがそう言いかけた時だった。
「っ!?」
彼女が水晶花に触れたと同時に、淡い光が辺りを包み込んだ。
「なんだ!?」
「ジ、ジン!どうなってんだ!?光ってる!!」
その時、何かが大きく揺れた。
地面が揺れたわけじゃない。
何かがふわっと倒れ込み、ジンに重みがかかる。
「お、おい!」
「なんでこの子気絶してるんだよ!!!」
「知るかよ!取り敢えずここから移動するぞ」
何がなんだからよく分からないが、秘笈を相棒に持たせて気を失った彼女を抱えた。
+++
「目が覚めた?」
目覚めて最初に見たものは王ドロボウの顔で
最初に聞いたものは自身を心配する声だった。
「私‥‥え?‥ここ何処!?」
キョロキョロと辺りを見渡す彼女を見下ろし、ジンは口を開いた。
「洞窟で君が倒れて、俺が誘拐した」
「はっ!?誘拐って‥‥υ」
「今おかーさんがお粥作って来てくれるから良い子にしてて」
「ちょ、ちょっと待って!意味分かんないんだけど!!」
今の彼女は洞窟にいた謎の女ではなく昨昼に見た彼女の様に見えた。
「君は王ドロボウに盗まれた。今や君は俺の所有物って事なんだけど‥‥」
「はぁっ!?所有物!!?」
洞窟で持っていた隠し武器はジンが回収したが
彼女は新しい隠し武器を取り出し、銃口を向けた。
「おっと‥今度は拳銃?」
「私は物じゃない!!」
「‥‥元気そうで何より」
「‥‥‥へ?」
手に握られた拳銃を軽々と奪い、遠くに放り投げたジン。
「なっ!?」
彼女の顔が途端に険しくなった。
だがジンはものともせず、微笑む。
「名前‥‥俺はジン。で、さっき言ったお母さんってのはキール」
「‥‥‥」
警戒心は取れてないが、はハッキリと名乗った。
「‥‥じゃあ、洞窟で何があったんだ?」
「話してくんない?」
一瞬視線を横に流すが、再びジンの瞳を捕らえた。
「水晶花に触れた時何かが頭の中に流れてきた‥‥
それからまた水晶花の声が聞こえた。
『その者と共に行けば大切な物が再び戻る』
そう聞こえた瞬間、目の前が真っ白になった‥‥‥」
「つまり、俺達と一緒に旅をしろって‥‥?」
「‥‥だと思う」
「なんだとーーーっっ!!?」
「!?」
「キール‥‥」
ジンの言葉を聞き、
キールがお粥を持って空中を走ってきた。
「ホントに!?ホントに!?」
「‥ちょっと黙ってろ、キール」
ジンはキールを片手で黙らせると、に問うた。
「は俺達と行きたいって思うか?」
「はいはーい!行きたいでーす!!」
「キールは黙ってろってυ」
ピョンピョンと飛び跳ねていたキールはジンによって床に押し潰された。
「‥‥」
「‥‥‥‥行く」
「!!」
「本当にっ!?嘘は無しだかんなっ」
早くも復活したキールが、再び、今度はの座るベッドの周りを飛び跳ねだした。
「私はどうしても見つけなきゃならないものがあるんだ」
ぎゅっと拳を握り締める。
それに気付かずに浮かれるキールとは違い、ジンはしっかりと気付いていた。
「分かった‥‥今更ダメって言ったらキールがどうなるかも分かんねーしな」
「!?いいわけ!?刀向けたりしたのに‥‥」
「別に大した事じゃないし。あ、でもの話‥‥どこまでが嘘でどこまでが本当なんだ?それ話してくれればいーよ」
「‥‥それだけ?」
「はい、話して」
まだ訝しげに見つめるだったが、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥‥私が市長の孫ってのは嘘‥」
「だろうね」
「でも市長とは呼ばないとか街の宝は要らないってのは本当の話。
私がこの街に来て本物のお孫さんに聞いた話だから」
「‥‥あのヒントは?」
「もちろん私が。たまたま見つけちゃったんだよね」
「それは素晴らしい!!、ドロボウの才能あるんじゃない!?」
「嬉しくないんだけど‥‥」
「でもあれ、たまたま見つけられるものでもないだろ」
「私は珍しいものを探してるって言ったでしょ。だから慣れてんの」
「のどうしても見つけたいものってのもそれ?」
「!!」
キールの言葉にの体がびくっと揺れた。
「‥‥‥違う‥」
ジンは無言でを見つめた。
何も言わず、ただじっと。
「‥じゃあ何!?俺のできる事なら何でも協力しちゃう!!」
「‥‥キール、だっけ?君にはできないと思うけど‥‥」
「このキール様がどんなに無理な事でも叶えてあげよう!!さあ、願いを言いたまえ」
自身満々でそう言い放つキールに、重くなった空気が覆い被さった。
「え、何?俺まずい事言った??」
「キール‥‥無理だよ。
私が探しているのは‥‥‥
私の心‥‥魂だから‥‥‥」
ORIGIN 完