僕は君が苦手
静かなひと時。
今頃小さな子供はすやすやと寝ているであろう。
そんな中、むさい男達の集まりである屯所だけは違った。
「ぎゃああああ!!」
その大きな悲鳴に屯所の庭木に羽を休めていた鳥達、優雅に飛んでいたモノまでもが一斉に驚き飛び去って行った。
『待てぇ、退ちゃーん』
「ま、待てないよ!」
屯所内を駆けまわる俺。
その後ろを追いかけてくる。
彼女は足が速く、身軽なので密偵に選ばれた新入隊士だ。
何故か彼女はいつも俺を追いかけてくる。
笑顔で楽しそうに。
でもそんな可愛いものじゃない。
俺にとっては・・・
地獄の追いかけっこだ。
その地獄の追いかけっこが始まったのはやはり彼女が初めて密偵として俺のところに来た日。
「えと・・・趣味を教えてくれるかな?」
同じ密偵として、彼女の事を知っておく必要がある。
だからこうして彼女についての質問を沢山してたんだ。
なのに、この質問は間違いだった。
『・・・趣味ですか?
え〜っと・・・・・・実験ですかね?』
「・・・実験?」
何の実験だろう?と疑問に思う。
大体、何故実験なんだ?
変わった趣味をしていると思った。
俺は今まで趣味がこんなにもよく分からない者とは会った事がない。
『はい。いろいろと改造したりするんです。
この前は舌がカメレオンみたいになる薬とか作りました』
・・・舌がカメレオン?
なんつー怖いモン作ってんだ、この子。
『私が作るのは人体に影響の無いものばかりなんで、今度山崎さんも試してみてください』
はっきり言って嫌だ。
そんな危険なものを口にしたくない。
だけど、彼女の太陽みたいな笑顔を見たら、断れなかった。
「まあ・・・え〜っと・・・・・・機会があれば」
こんなにも簡単に返事をしてしまった事に後で後悔をする事になるとは。
『今日は副長の副長による改良の副長の為のスペシャルマヨネーズ丼を作ったんですよ!食べてみてください♪』
追いかけながら丼を差し出してくる。
「だ、誰かぁ助けてぇぇええ!!!」
大体、相手を間違ってるよ!
副長の為のって言ってんじゃん。
副長でいいじゃん!!
なんで俺!?なんで俺に試食させるわけ!?
『ほら、退ちゃん!毒見じゃなかった・・・味見してよ!』
今のセリフ普通に聞こえたけどぉおお!!
俺を殺す気ぃいい!!?
ひたすら走るとやっと自室が見えた。
咄嗟に滑り込んで襖を閉じる。
が入ってこないように必死にドアを押さえながら座り込んだ。
『大丈夫だよ、退ちゃん!
中身は特別な珍味を合わせて健康的に仕上げたマヨネーズしか入ってないから!!』
ドンドンと襖を叩く。
怖い怖い怖い。
俺ちょっとかなりピンチじゃないか。
恐怖で冷や汗が流れる。
「それある意味兵器だから!!
多分副長以外の皆に食べさせたら真選組崩壊するからね!!」
襖越しに訴える俺。
どうか、届いてくれ俺の気持ち。
『じゃあ、それを証明しようよ!
とりあえず毒見っつったら密偵の退ちゃんしかいないでしょ。だから頼んだ』
「じ、自分でやりなよ!」
勇気を振り絞って言う俺。
そうだよ。密偵だからという理由なら、も密偵だ。
俺がやらなきゃいけない事じゃない。
第一作ったのはだ。
健康食品っていうなら尚更でいいはずだ。
『え、死ぬ』
「そんなもの人に食わせるなよぉぉおお!!」
何処が健康だぁ、それ!!
そう、コレが俺の日常。
密偵としてよりも、こっちの方がかなり疲労を生み出している。
誰か、俺を救ってくれ。
だがよくよく考えてみても俺を助けてくれる奴はいない。
局長なら笑顔で笑いながら
「の悪戯なんて可愛いもんじゃないか!」とか言いそうだし。
副長なら煙草を吐き出して
「そりゃ良かったじゃねえか。遊び相手ができてよ」ってほかられそうだし。
沖田隊長だとにやりと笑って
「今度は副長を抹殺するための薬でも作ってもらうかねィ」とか言いそうだ。
他の隊士に至っては自分は巻き込まれたくないオーラを出している。
万事屋の旦那には頼める事でもない。
俺、見捨てられたかもしれない。
『元気出して、退ちゃん』
にこりと笑って俺に微笑みかける。
「・・・ありがとう」
って・・・あれ??
え〜っと・・・俺って逃げてたよね。
・・・鍵閉めたよね?
「・・・・・・なんでいるの?」
固まりつつも問いかける。
はそんな俺ににこやかに笑って・・・
『もちろん密偵だからさ』
そう言ってお茶を差し出してきた。
「はあ・・・」
やっぱり俺、疲れた。
に振り回されっぱなしの日常。
だけどそれにだんだん慣れつつある俺が怖い。
『でもさ、退ちゃん。おびえる事なんてないんだよ』
「え?」
下を向いていた俺はに視線を向ける。
目が合うとは優しい表情を見せた。
『好きな人には毒なんて盛らないよ』
「・・・?」
少し恥ずかしそうに言うが可愛く見えた。
こうやって、いつも大人しかったら俺はの事を普通に受け入れるのに。
いつもの恐怖が混じってしまうからを抱きしめられないんだよ。
また俯いてしまう俺。
すると上から声がした。
『退ちゃんが振り向いてくれないから、私はずっと退ちゃんを追いかけているんだよ』
驚いて再びの顔を見る。
真剣な顔をしていた。
「・・・って・・・不器用なんだね」
・・・俺もだけど。
その時、やっと俺は彼女に触れる事ができた。
軽く抱きしめるだけだけど、俺にとっては大きな進歩だ。
腕を離して、床に置いておいたから貰ったお茶を一口啜る。
その瞬間、口内に激痛が走った。
「うぎゃぁぁああ!!!」
火を吐く俺。
激辛せんべいと食べた時以上に辛い。
死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ!!
『名づけてミツバさん特製激辛茶で〜す』
やっぱり俺・・・
・・・ダメ。
〜あとがき〜
今回はショートストーリーにしてみました。
そういえば山崎夢ってしっかり書いた事ないんです。
ネタも思いつかず・・・あ〜う〜・・・。
あれだけお待たせしたのにショートストーリだなんて、本当にすみません。
また何れ、書きますのでその時までよろしくお願いします!!